「カレー、うまそうだな」

 気づけば水上くんがすぐ隣にいて、カレー鍋の前に陣取っていた私に話しかけてきた。

「水上くんはカレーが好きなの?」
「嫌いなヤツはいないだろ」

 鍋の中を覗き込みながらフフッと笑う彼の顔を見て、私はやっぱりこの人が大好きだと再確認した。

 今日は私にとって、一世一代の勝負の日。
 絶対に尻込みしたりしないぞと、もう一度気合いを入れ直す。

「あのね、水上くんに……聞きたいことがあるの。店番が終わったら時間もらえないかな?」

 ちょうど周りに誰もいなかったから、言うなら今しかないと思って勇気を振り絞った。
 もうこれで怖気づいたとしてもあとには引けない。前に進むしかないんだ。

「どうした? 声、震えてないか?」
「私は大丈夫だから、その……話を……」
「わかった。あとで話そう」

 お昼に近づくにつれ、我がクラスのカレー店は盛況を博した。
 バタバタと忙しい時間帯もあったけれど、本当に飲食店でバイトをしているみたいで楽しかったし、良い経験になったと思う。

「透桜子と水上くん、交代の時間だからもう上がっていいよ」

 日鞠が私たちの背中を押して教室の外に出るよう促す。
 いよいよこのときがやってきたのだ。
 目が合うと、日鞠は両手で握りこぶしを作り、がんばれとエールを送ってくれた。
 それを見ただけで泣きそうになったけれど、私も同じようにジェスチャーを返す。

 廊下に出ると人でごった返していて、お祭りムード全開だった。

「静かなところじゃないと話ができないよな」

 辺りを見回しながら言う水上くんに同意の意味を込めてコクリとうなずいた。
 どうやら彼は、私がふたりきりで話したがっていると察してくれたらしい。

「こっち」

 そう言うが早いか水上くんはおもむろに私の左手を取り、人のあいだを縫うように進んでいく。
 途中でほかのクラスの女子から強く突き刺さるような視線を受けたけれど、この状況を目撃したなら無理もない。
 学年一モテる水上くんが、地味で取り柄のない私の手を引いて歩いているのだから。

「ど、どこ行くの?」
「向こうなら誰もいないはず」

 水上くんは周囲の視線を気にすることなくどんどん進み、閑散としたエリアまで辿り着くと、準備室として使っている教室の扉を開けた。
 中に誰もいないことを確認したあと、ふたりでそこに足を踏み入れた。
 窓から日の光が差し込んでいるのに、教室の空気はひんやりとしている。
 私の左手は解放されたものの、ドキドキと心臓は暴れ回っていて今にも口から飛び出そうだ。