文化祭当日がやってきた。
 前日に飾りつけを完成させた教室は、手作り感でいっぱいのカレー店になっている。
 入口には私がマスキングテープで描いた看板が立てかけられた。
 大胆な構図にしてみたけれど、目立つからこれでよかったなとあらためてそう思う。

 前日から準備していた具材を朝から寸胴で煮ているので、窓を開けていても部屋の中はカレーのスパイシーな香りが漂っている。
 店番はシフトが組まれていて交代制。
 カレーを盛り付けるスペースに行くと、外からは見えない位置にあちこち手書きの指示書が貼ってある。
 それもこれもすべて実行委員である日鞠が準備してくれたもので、彼女のきめ細かな配慮には本当に頭が下がる。
 そんな日鞠は今日も大忙しで、先ほどほかのクラスの実行委員に呼ばれて行ってしまった。

 部屋の中をぐるりと見回すと、水上くんが窓辺でクラスメイトと談笑している。
 今からソワソワしていても仕方がないので頭を切り替え、日鞠の指示書に従って作業を進めた。

 日鞠の独断で、私の店番の時間は水上くんがいるグループと同じにしてもらった。
 彼女と一緒に作戦を考えたのだけれど、店番を交代したあとは自由時間になるので、水上くんに話があると言って呼び出そうと思っている。
 幸い今日は文化祭で、普段とは違う非日常だから、喧騒がベールとなって目立ちにくい。
 声をかけるときに神妙な面持ちにならず、重くて暗い空気をまとわないようにしようと今から肝に銘じているが、うまくいくかどうか不安で仕方ない。

「さぁ、張り切っていこう!」

 戻ってきた日鞠がみんなに発破をかける。

「特に透桜子、がんばって!」
「特にって……」

 意味深なことを言わないでとばかりに小さく口を尖らせると、口パクで「ごめん」と謝られた。

「俺はなにをしたらいい?」

 水上くんが日鞠に指示を仰ぎに来たのだけれど、声を聞くだけでドキッと心臓が跳ね上がった。

「水上くんには廊下で呼び込みをやってもらおうかな。あ、やっぱりダメ。そのまま女子に連れ去られそうだから中で仕事して」
「なんだそれ。門脇はときどき変な妄想をするよな」
「やだ、褒めないで」
「褒めてねぇよ」

 ふたりのこういうやり取りを隣で聞いているだけでほっこりする。
 自然に冗談を言い合ったりしているし、ふたりは本当に仲が良くてお似合いだから、もし付き合うことになったらみんなから祝福されるだろうな……なんて思う。

 それに比べて私は……
 そこまで考えたところで小さくかぶりを振った。今日だけはネガティブ思考を封印すると決めてきたから。