「ま、まあさ、香澄ちゃんもその渉のことは知ってるんだし。渉を追い詰めることは言わないと思うよ」
「そそ。そんなので渉を嫌ったりしないって」
 すぐに慰めるのは定番と流れというか、これがあることで次に進める気さえしてくる。
「あれならさ、香澄ちゃんにもう来てもらいなよ」
「え? まさか、お見舞い?」
「そそ。良いじゃん。傷んだ渉には最高の癒しかもよ」
「香澄を"物"扱いするな」
「"者"じゃん! あ、人って意味の者ね」
「お! 大輝やっぱりそういう上手いことも言えるんや!」
「大きなお世話じゃ。けど、結局というか、実際香澄ちゃんに会いたいんじゃないの?」
 顔に熱を帯びるのと同時に顔が赤くなる。赤くなるのはもちろんわからないんだけど、それが普通というか。
「だって、さっき方向転換とか言ってたじゃん。頭で考えてたんでしょ。もし、香澄がお見舞いに来たらどうしよう。何から話せばいいんだろ。そして、今は体育祭の件が増えて、余計慌ててるってとこか?」
 「面白いなお前!」って言って膝をリズムよく刻んで叩く大輝を少し睨んだけど、全くその通り。また、顔が熱くなって、顔が赤くなる。
 恥ずかしい感情が相手にバレるのではと、心臓が!
 あ……、そういうことだったのか。
「聞いてみなよ。悪いことじゃないだろ」
「いやいい、大丈夫」
 すぐに返した。
 香澄がお見舞いに来ない経緯がなんとなく理解できた気がした。
「どうしてだよ、最後かもしれないぞ」
「最後なんかじゃない。きっと、またどっかである」
 腹から声を出したような、力強い怒声が病室全体に響いてしまった。
「どうした? いきなりキレて?」
 状態がおかしいのを察したのかややからかいモードだった大輝が大人しい口調へと変換する。
「俺の顔を見てなんとなくを理解できないか? 俺はあまり自分で言いたくない。そんなことにも気づけない自分が嫌だ」
「まあまあ、何か未だわからないけどやりすぎた感はあるしごめんな。香澄ちゃんとか今この場にいらないよな。俺らは俺らで、渉は渉だもんな」
 少し食い違いがありそうだけど、それで良い。
 せっかくのお気遣いを無駄にしないでおこう。
「んじゃ、俺ら帰るわ。元気なくなったら学校来いよ」
「うん。わかった」
 気のせいだろうか。それとも、ただ俺が現実に突きつけられたか。
 最後の語尾は大輝らなら盛り上がって大きくなるはず。
 でも、今日は違って大きくないし、なんだか頼りない。
 表情もおかしい。
 最後は元気と呼べる顔ではない。
 もうすぐ、無くなるかもしれないものを見る目だ。
 
 母さんはそれから一時間くらい経った六時頃に病室に戻ってきた。
 実は、大輝らが病室に来るかもとあの時間帯はいなかった。むしろ、友達空間を意識して、気を使って病室を自主的に空けてくれた。
「母さん。まさか、だけどさ。大輝らに寿命のこと言ってないよね?」
「渉の友情関係に水を差すかもしれないから会わないようにしてる。やから、会ったこともないよ」
 だとすれば、と呟く俺は腕を組む。
 大輝らは自分らの判断での解釈をした。
 もしも、ということをしっかりと話題の最高条件として俺に会いに来てくれた。そんな仕草をある程度隠しつつ、でもバレたのかもしれない。
 だって、大輝のことだから。
「何か、あったの?」
「たぶんだけど、余命のことバレてる。言うべきか悩んでる」
 自分で出来るのに、机の上にある水のペットボトルの蓋を開け、コップに中身を注ぐ。母さんはコップを持って注ぐ。中身を入れ終え、コップを机に置く音がなぜか病室にこだました。
「で、どうするの? 言うの?」
「今年から仲良くしてくれた。今ではもう、昔から仲が良かったくらいの馴れ合いだし言おうかなって。こうして、お見舞いにも来てくれた。きっと、今まで以上に心もスカッとするかもだから」
 今だから言えたこの言葉。
 心がスカッとするとはなんなのか。
 今の俺なら十分に想像もできて、それが実現できる心体でもある。それにも寿命があり、命の灯火がだんだんと力なく弱まるのに意外と時間を要しない。

 一ヶ月は耐えた。
 そして、十月だ。
 俺の病気は症状を悪くするばかりだ。投薬も続けている。点滴も一応打っている。
「田中山さん、お願いします! 抗がん剤治療にどうかご理解を!」 
 毛が抜ける感覚が怖かった。
 いつまで、耐えないといけないか、無期限のハンデを背負わされる誓約が曖昧で無意味でしかない。
 そんな恐怖をもう二度と味わいたくはない。
 自分勝手だろうけど、己の体は己でなんとかしたい。
 そう思うけど、自分の嫌悪感を抑えるためのわがままで甘えで。

「寿命の期限が狭まるばかりです。抗がん剤治療を拒むことは自分の命にさらなる負担を覚えさせ、ただただ危険な場所へ追いやるだけです。ご検討の方をそろそろなされてはどうですか?」
 医師が病室まで来てそれを懇願するところまでに来てしまった。
「俺はあの感覚が嫌いだ。あるものが無くなる。しかも、それがわかった上だから自分の選択の間違いを否が応でも、頭に浮かべて。呪われている」
 選んだ言葉を口にすれば、それは行動か、それともそんなことを言ってしまう自分を憎んだか、頭を両手で掻き膝下には黒い繊維が落ちていた。
「髪が嫌いなら、この件は最適なのでは?」
 それを見て、一回だけぼそっとそんなことを吐いてしまった。
「名案ですが、それは自分をいじめているだけであって最適な回答ではありません。こちらこそ、すみません。患者の命を優先するべく、こんなにも強制的なお願いをしてしまい……」
 自分の行動は他人を巻き込むのか。
 場違いなやつだ。
 自分のことを考え、しっかりとその後の路線、そしてその路線を築くための線路をしっかりと敷いてくれている。
 それなのに、何を言っている。
 嫌悪感。
「俺は自分を好きだと思ったことがない」
 この言葉だ。
 明かりは消えた。
 場違いの得意技だ。
 イカれているんだな。今ある景色はその自分を一杯に示した。綺麗な作品じゃないか。
 机の上には何もなくて、ベッドの周りには横倒れたペットボトルと口から水がこぼれる。
 大きい何かが割れた音が聞こえた正体はコップだった。
 その破片が落下地点と思われる周囲に飛び散り、一種の花のようだ。透明は花びらはただずっと尖っていて手が切れる。
 ベッドから降りてそれを掴むとまさにそうなった。
 指先からこぼれ落ちる赤い流血が自我を取り戻す引き金になって俺になる。
 病室の端っこでかたまり怯える医師や看護師。
 タイミングもあんまりだ。 
 そのとき、病室のドアが開き母さんが帰ってきた。
 何が、あったのかをすぐに知ることはできず、俺は病室に残され大人三人は別の部屋へと場所を替えた。

 その件から本来の自分を考え始めた。
 結果的には何がしたかったのだろう。
 どういう人の接し方を望んでいるのだろう。
 考えるだけで寒気が止まらなくなる。
 そんな混沌としたまま挑んだ、大輝らのお見舞い。悲惨な光景を見た。医師と看護師が俺に怯える様子。
 もし、あのときみたいになったらどうしよう。
 無意味を嘆かない大輝らに嫉妬した。

「俺、もう長くは生きられない。せいぜい来年はもうない。春はギリギリ迎えられそうだから卒業旅行は行ける」
 やっぱり、と言いたげな表情は俺の予想通りという証だ。
「まだ、生きてるじゃないか。それに、そんなこと気にしなくていい。友達にそんなこと教えてもらうな」
「大輝と全くの同意見だ。考え方がイカれちまってる」
 他の二人も同意見なのか頷く。
 何も返せなかった。
 だって、俺は本当にイカれているんだって知ったから。あの光景を表す最高の言葉で名前だ。
 なぜだろう。
 もうすぐ、死ぬのにこの頭はこんな文字を浮かべた。

 "死にたい……"

 大丈夫。その望みもそう遠くはない。
 大輝らが帰った後に得ることができたであろう、心がスカっとする瞬間はなかった。いつもよりも後ろにいて、なかなか顔を見せてくれない。
 隠れたまま出てくることはなかった。
 俺は流石に不思議に思った。
 同じ行動をすることが、どれだけつらいか。入院生活で寝たきりの自分に嫌でも語りかけるから。
 俺はベッドから離れられない囚われた存在。
 母さんが帰ってきて、何もかもを壊したい気持ちが駆け出した。
「抗がん剤治療、先生にいいよって言っておいて」
 まず、壊すのは自分で、最後に壊すのも自分だ。
 他人を巻き込むのがどれだけ、素晴らしくて、ダサくて、見損なってしまうのか。こんなやつはそうもいない。
 嫌悪感とか抱いても自分が壊れる。
 それで、いいんだ。余計、早く逝ける。
 手筈は早かった。
 明日からかと思っていたのに、決断を下した今日からそれは始まった。
「先生、俺はこれであとどれだけ生きられますか……?」
 反対を求める質問。
 捻くれ者だ。
「一年は生きれるかもな」
 人間でいる自分を憎んだ。

 十二月。
 荒れ果てた心にゴミみたいなのに毛は生えていない。全部心に生えていた髪の毛は治療によってどこかへ飛んでいった。
 俺は初めて知ったんだ。
 
 "心は人間のどこにある?"
 
 心は心臓だと思っていた。
 心があるから俺は生きている。
 でも、答えは頭だ。
 心というものはいろんな感情を、そのときに似合った情景を合わせようと考えて冷や汗をかいたりする。
 頭というのは考えるものだ。
 共通したのだ。
 あらゆる場面に合わせて、考えて考えて"最適な回答"を出そうとする。
 ただ、それが出せないとこういうふうになる。
 あれから、大輝らがお見舞いに来たことはない。
 言い訳、開き直るための助言をするなら受験生だからそんな暇はなくて勉強をするしかない。
 友達は各々一つを頑張らないといけない。
 でも、俺はもうダメみたいだ。
 来たとして合わせる顔がない。どういったふうに声をかけて、話し合うかわからない。もし、話したとしてそれがどうなるのかとかの保証もないし、新たな亀裂も生じえない。
 覚悟というより、それが物恐ろしいという分類をしている。
 そういう解釈だ。
 そして来ない今は、ただ冬の灰色の空を眺める。たまに空に流れて吹かれる、秋に色を出し切ってしまった落ち葉が見える。
 赤褐色で、茶色で軽い。
 穴一つなかっただろう姿に目立つ大きな穴を見るために胸が苦しくなる。
 その苦しみをどこにぶつけることもできない。
 友達がいたらそれを共有して、分かち合えて少しはなだめられて比較的優しいものに変わるだろう。
 胸を握りしめた。
 骨でもちろん限界があるし、触ること自体できない。
 でも、こいつが変なことをしなければ俺は普通でいられた。

 こんな嫌な感情が心を貶す後に臨んだクリスマス。
「渉! 連れてきたぞ!」
 寝ていたから、うるさいとしか思えない声でそれで起こされたから嫌な感情を瞬時に抱くけど目の前を見れば、綺麗に浄化される。
「メリークリスマス!」 
 部屋いっぱいに響いた声は汚いものでなはい。でなければ、俺の心はこれを見向きもせずに否定してまたおかしくなりかねない。
「勉強あったからさ、しばらく来れなかったお返し。俺らもたまにはハメ外したいけど、渉がいないから落ち着かないからさ」
「ああ。元気なかったな、その顔は」
 俺が眠っている間に病室を簡易的な物だが風船を置いたり、壁に『Merry Xmas』と書かれた垂れ幕が掛けられている。
「机も見てみろよ」
 茂咲が机の方向に指を指す。
 松ぼっくりで出来たクリスマスツリーが飾られていた。全身を真緑に彩り、植木鉢は折り紙を円柱型に曲げて丸めてくっ付けてある。
 装飾はビーズで使われるカラフルでキラキラとした物でされていた。
「家にある大きいクリスマスツリーをさ、持っていこうと思ったんだけど流石に大輝とかに止められたからこれ作ったんだ。良かった、秋に松ぼっくり拾っといて」
 表すと大福か饅頭みたいに顔が大きくなっていた。
 悪口じゃない。
 それくらいに笑った顔は大きくて、その大きさから周りにも目立つし、関与していない人もお互い笑っていられそう。
「そしてクリスマスと言ったら、プレゼント!」 
 ニヤニヤと表情を浮かべてしゃがむみんなは足元に置かれているであろうプレゼントを持ち上げた。
「俺からは───」
 言葉を止める。口を故意に閉ざして、状況を見ようとする。
 何か仕掛けてくる。
 俺はそれをただ眺めて、続きを待つ。
「俺らから。代表してこの大輝が渡します!」
 白い袋。
 全国で有名な遊園地のキャラクターのデザインが入っている。
「どうぞ! 開けてみて」
 袋の中を先に除いた。ノートみたいな包装と何やら光る金属。
 袋の中に手を突っ込んでそれを勢いよく取り出してみた。
 同じような金属の飾りが五つが並べられている。金属とは言ってるけど、それぞれにキャラクターのデザインが施されていて、可愛いキャラクターがいればかっこいいキャラクターもいる。
 一目見て強く印象に残るキャラクターたちによって飾られた。
「じゃあ、俺はこれだ」
 大輝がその真ん中のリーダー的キャラクターがデザインされたちょうど手のひらサイズのそれを摘んでいく。
 それに続いて、「俺はこれ」「じゃあ、このキャラクター」と手元にある数は残り二個。
「選んでいいよ。渉の好きな子」
 一つは緑色の背の高いキャラクターで、もう一方はピンクがイメージカラーの女の子のキャラクターだ。
「どっちでもいいけど、どうやって選べばいい?」
 選んでいいよ、と選択肢を与えてくれた茂咲に聞いてみる。
「どうかな、人それぞれだけど……」
「俺は好きなキャラクターだから!」
 そう言ったのは、渡して好きなのをあげるという詐欺のようなことをしてきた大輝だ。
「どのキャラクターが好きとかないし」
「俺は好きな色!」
 それは晋だ。
「青色が好きなんだ。だから、この子にしたんだよ」
 好きな色というのも別にどうでもよくて、でも男っぽいと言ったら緑色かな。
「俺も晋と同じだけど、紫は好きなアーティストのイメージカラーだから。なんか好きな物とか、渉ないの?」
 拓が晋に続く。
「好きな物とかも、あんまりなくて……」
 頭を悩ます大輝たち。
 そこで茂咲が口を開いた。
「渉を傷つけるんじゃないんだけど、香澄さんとの思い入れがある色とかないの?」
「───」
 黙ったけど、これは弄ばれたからとか呆れたからじゃない。
 心が揺れて、今落ち着きがないのを盛大に表した間だ。
「茂咲ー、やめとけよ。上がってるじゃないか」
 それを言って、お腹を抱えて笑う大輝の冷やかしはなんだか優しい。
「黄色はないもんね?」
「黄色のキャラクターはないね。花言葉とか好きだし、お花で何かない?」
 頭を悩ます暇なんかない。すぐに出た。
「じゃあピンク!」
 それなら、俺は一択だ。
「桜かな?」
「そう。けど良い思い出とかじゃないんだよね。こんな一面があるんだなーって、桜に関してあったから」
 桜を摘みたい、という香澄の言い出したことが今思えばなんだか可愛く見えてくるな。どうして、桜なのかはわからないけどあのときの香澄はそれに真剣な表情をしていた。
「え、お花見行きたいとか?」
「あーそれいいな。そういえば、出来たらいいな、そういう娯楽」
 言葉を間違えた、みたいな表情をして口に手を当てる茂咲。
「大丈夫だよ。そんなことで友達は傷つかないって」
 彼らなりに配慮はしているんだから、何も言いたいこととかはない。今このときは笑っていよう。
「桜を摘みたいって言ってきたんだ。流石にそれだと、木の枝を折ることになるからとかで桜の木が可哀想だったからしなかったけど。けど、あのときの香澄の顔は本当に真剣だった」
 何度、思い浮かべても飽きることはない。茂咲たちにも見せたかったな。
「花言葉だと、"君を忘れない"って意味があるんだけど。知ってた?」
 返答で、自分の今後には決して関係はしない。でも、怖かった。その一言が付き合った後、香澄の足のこと。
 それらを知ってしまった後だから居た堪れない思いで花言葉の意味に耳を傾ける。
「どうして、足を切除するかは聞いたのか?」
「いや、そういえば全く」
 茂咲が俺の返答に関して、完全に呆れたのはこのときが初めてだと思う。
「ちょっと調べてみる。けど、死ぬかもしれないってそのときは思っていた。もしくは、長らく会えないほどの原因があったから。そのいずれかか、俺らの知識では程遠い答えが待っている。それだけは覚悟して、待ってろ」
 ポケットからスマホを取り出して、調べ始めた。
 両手でスマホを持ち文字を打っていく。
 文字を打つ指を眺めて、長らく止まっているのをみると何か出てきた文章を読んでいるんだなと考える。
 それが長ければ長いほど、俺はなかなか待っていられなくなる。
 あのときの真相を解明したいという感情、そして、香澄の体では何が起こっていたのかという感情。
 全てが混ざった興味へと変貌する。
「出た!」 
 その一声を待っていた。茂咲はスマホを持って俺の方へ近づいてスマホの画面を見せる。
「糖尿病……?」
「そうだ」
 その情報は疑った、糖尿病といえば、喉が渇きやすくなったり、体重が軽くなったり。確か、血液に含まれる糖が標準を遥かに上まるときにそう診断される。
「もちろん、曖昧な知識で調べて。"足 切除 病気"のワードで検索かけただけだから。どんな経緯でなるかとか専門用語が多くて難しくてよくわからないけどこれぐらいだ」
 彼氏となっている今も俺はそのことを知らなかった。
 ということは、その出来事からずっとそれを抱え続けていた。
「けど、今は治ったんだろ。足は失ったけど、長い人生に変えられない物はないと思うよ。中には寿命を金にしたいとかいう人とかいるけどさ、良かったじゃん。香澄さんは、渉との生活を足と引き換えにしてくれた」
「そんなこと───」
「言うな!!」
 鋭くこの空気を貫いた。
 そして、それを言ったやつも自分で驚いた挙動不審になっている。
 拓だった。
「あ、すまん。こんな大声出すつもりはなかった」
 少し改まって姿勢を正す。さっきの声と一緒な勢いに前に出てしまったのか一歩下がって崩れた服装を正す。
「言いたいのがさ、俺らは渉を笑顔にするために勉強という時間を削って来てんの。それなのに、何が"病気"だ。今日はなし。軽く飲み物とかあるから、笑えよ」
 拓の口調は少しきつかったけど、しょうがない。だって、せっかくの機会をもらった側に俺がいるんだ。
「すまんな。時間作って来てくれたのに。充分楽しいよ。盛り上がってこ!」
 俺の一言で拓は少しぎこちなかったけど、最後には笑った顔を見せてくれたからそれで良い。
 俺はピンクの方をもらった。金属って言ってたけど、こういった物の名称がなかなか出てこなくて苦戦していた。
「それ、ストラップっていうんだよ! そんなことも知らないの?」
 大輝が俺に指摘してきたかと思えば晋が言う。
「大輝違うよ。キーホルダーだよ」
 晋が言えば、拓が言う。
「けど、商品の名前はキーチェーンって書いてあるけど」
 結局何かは明確にはならなかったけど、断じて金属でもストラップでもないことがここで決まった。
 ストラップはこんなに固くないだろうし、金属に限っては絶対に違うというダメ出しも込みで俺と大輝は少し恥ずかしい思いをした。
 その後はケーキを食べて(俺は何も飲んだり、食べなかった)、学校の話とかしたり、大輝らの進路も聞いてひと段落した。
「てことは全員進路バラバラなんだ」
「そうなんだよね、なんか残念だよな」
「そうそう。一年じゃ足りない」
 そういえば、あっという間だ。
 大輝から声をかけられたときのことを思い出す。
 大輝は俺の名前も顔も、クラス替えから間もないときには覚えていた。そして「ゲームとかしてないの?」って話しかけてきてくれた。
「あのとき俺、めっちゃ嬉しかったな」
「え、まじ! 俺正直声かけるやつ間違えたって思ったわ!」
 次は病室の床をどんどん叩いて笑いを表現している。口が大きく開いて、笑い声も病室全体に広がる。
 で、恒例のように俺も笑う。
「お前、俺が笑うとめっちゃ笑うよな」
「そんなに笑ってたらこっちも笑いたくなるって」
 これこそタンポポだと思った。
「今度、タンポポ見に行こうよ」
「なんで、タンポポ?」
「香澄が言ってたんだ」
 まさにこれが第二の運命だ。
 その運命もタンポポで紡げれたら、また俺らは笑っていられるだろうと思った。
 そして、たとえ高校から進路が別々になったとしても気にしない。
 俺らは各々があるから存在している。
「てか、時計見たらもう十九時だ」
「え、まじ? 母さん来るから早く帰らないと」
 母さんは、俺の気を遣って友達には会わないようにしている。だから、今も病室の前の椅子か、病院のロビーにいるのかもしれない。
「あ、じゃあ、飾り取らないと───」
 拓が『Merry Xmas』と書かれた垂れ幕を片付けようとした。
「いや、今日はこのままにしておいて」
 俺は言った。この表せない感覚を少しでも残しておきたい。自分は充実したクリスマスを過ごせたという干渉に浸っていたい。
 そして、もう一つ。
「この思い出を大切にしたい」
「よく言った! 俺は嬉しいぞ!」
 大輝が泣きついてベッドに乗って俺を抱く。
 母さんには何回か抱かれたことはあって、慣れているから何も問題はないと思ったけど、友達から抱かれたのは新鮮で言葉がない。
「んじゃ、そろそろ行くわ。また来るね!」
「おん。みんな今日はありがとう、最高のクリスマスだった」
 親指を立てた手を天井に高く突き上げる。
「気にするな! 俺ら友達は親友の安全と笑顔を見ることが出来た。また来年、会おう!」
 率直に言うと凄い勇気をもらった。

 俺はまだ生きている。

 それを強く実感して、手のひらを開いたり、閉じたりをする。
 指先が親指の根本部分のふっくらとしたところに触れると手のひらの感覚を鮮明に感じる。
 
 俺はまだ存在している。

 そうとも思えた。
 病院は栄えた町の中にたたずむ。
 しばらくして、母さんが病室に入ってきた。
「お客さん?」
「ああ。大輝らだよ」
 やはり、気を遣ってくれていたみたいだ。
「じゃあ、今日はお客さんが二人いるよ。入ってきて」
 母さんはドアの向こうに手を招く。
「お邪魔します。渉久しぶりだね」
「香澄ちゃん連れてきたよ」
 上がる心拍数と、大きくなる鼓動。
「お母さん、やっぱり上がってるからダメかもしれない」
「大丈夫、大丈夫。渉もさ、もう彼女なんだからそろそろ心落ち着かせなよ。これだから反抗期は───」
 やれやれ、と言う母さん。
「これは絶対に反抗期関係ないから!」
「わかってるわかってる。それよりも香澄ちゃん来たんだから、久しぶりに話したら?」
 香澄の方へ視線を向ける。
 くるくるとした目が一瞬合ってすぐに顔ごと逸らした。
「緊張しすぎだって、渉。じゃあ、香澄ちゃん明日迎えに来るから今日はこれで。渉、おやすみ」
 状況が呑めなかった。
「え、は、え?」
「だから、今日香澄ここ泊まるから」
 心だけで押さえ込もうとしたその言葉。けれども、向こうの力が押さえ込む力を超えていると不可能だ。
『なんでー?』
 (これはおそらく隣室にも届いてしまったかもしれない)

「カーテン、開けていい?」
「うん。いいよ」 
 今目の前にある光景は現実で、夢じゃなくて。
「見てみて! 駅前のイルミネーション素敵だよ!」
 特にベッドの上ではすることもないので、泣く泣く窓を見る。
「いろんな色があるね。あの道路とか歩いたら凄い綺麗だろうな」
 その景色を眺めながら香澄は言う。
「君の方が、綺麗だよ」
 香澄が振り返る。
 俺はどうやら変なことを言ったみたい。大輝らがここに来て、多少のハメを外したつもりが自分の想定を超えるくらいだったとは。
「今の言葉、もう一回言ってくれたら嬉しいな」
 窓側にいたのに、俺の方へと身を寄せる。
「言わないよ。絶対に、口が裂けても、てか言えない」
「私、綺麗じゃないのか。彼氏に酷いこと言われたなー、しかもクリスマスの日に」
 どんな手段でも使って言わせようとしてくる。だって、顔がニヤついていて、いかにもわざとらしさが全開だ。
「言ってよ、もう一回」 
 てか、なんで顔がニヤついているってわかってしまったのだ。俺は今、何も思わず香澄の顔を見ていたのか。
「視線合ったでしょ! 無視しない」
 顔はお互いを見ている。
 でも、やっぱり勇気が出なかった。
「香澄の方が、綺麗だよ」
 顔も合って、視線も合うってのがまだ慣れることはできない。
 だから、顔だけ正面を見て視線だけ落とした───。視線の先には香澄がいた。
「絶対視線を下に向けるって思ったからさ、しゃがんで良かった」
 笑おうと思った。この空気をなんとかしたくて、笑顔だけでも作ろうと口角を上げようとした。
 でも、それは上がらない。
 なぜなら、口角はすでに上がっていた。
「ずっと笑えてるから、それに笑っていなくても渉は渉で素敵だよ」
 香澄といるとき、笑顔を大切にするということは必要ないみたいだ。
 自然に笑える空間ができたみたいだ。

 病室にはベッドが一つしかない。だからといって二人で一つのベッドを使うことはできない。
「椅子で寝ることは知ってたし大丈夫だよ。渉はしっかり睡眠とってよ」
「毎日しっかり八時間寝てるから大丈夫だよ」
「夜更かし大好き人間だと思ってた」
「やめてくれよ」
 少し照れてしまう。
「渉はスマホ持ってないからね」
「まあ、高校からって言われてる」
「そっかー」
 何を言いたかったのかはわからないけど、話をどうかして繋げたい。
「あのさ───」
 またもや、香澄に抜かれた。
 男として、彼氏としてもう少し話を進めれるようになりたい。
「雪降ると思う?」
「雪? 降るんじゃないかな?」
「だといいな。見てみたいもん」
「見てるじゃん。毎年この時期に降って、学校が休校になったりして。この地域じゃそろそろ降るだろうし」
「ううん」
 香澄は首を横に振って言った。
「違うよ、ホワイトクリスマスだよ。渉と今日泊まれて、なんなら見れないかなってちょっと願ってた。けど、降りそうにないね」
 そんなワードがあったなと思い出す。
「私たち、まだ生まれてそんなの見たこともないから少し気にならない?」
「たかが、クリスマスに雪が降るってことでしょ。除雪が早まるだけだよ」
「もう、夢がないな渉は」
 香澄はちょっと拗ねた。体を正面にしてくれない。左側の姿しか見れない。
「なんか記念日に珍しいことが起こるって素敵じゃない? 神秘的でさ」
「え、それって珍しいことなの?」
「渉はそういう話、本当ダメだなー。やめた。別の話しよう」
「なんかすまん」
 さあ、次だ。何かないか。
「あ、そうだ。プレゼント持ってきたんだ。クリスマスだし、この部屋の修飾も素敵だからムードあるでしょ!」
「そ、それいいね!」
 またもや、話題の提示に出遅れる。
「渉の家に行く前にさ、買っておいたんだよ」
 香澄は手提げバッグでここに来た。
 そこから、赤色の布みたいな包装が施されたプレゼントを手に取る。
「これ、プレゼントだよ」
 バッグはベッドの前方の方向にある机に置かれていた。
 香澄は手に抱えたプレゼントを持って、急に近づいてきた。
「何にしようか悩んだんだよね。で、これにした」
 プレゼントを俺に差し出す。
 焦っていないだろうか。
 それを受け取るけど、その受け取り方とか急ぎすぎてはいないか。
「中身、見ていいよ」
 赤色の包装は、金色をした針金で捻じられて封をしていた。
 俺はそれを解き中を見る。
「さてここで問題です! "運命"の意味を持つ今私の頭の中で思い浮かんでいる可愛い花はなんでしょう?」
 香澄の弾んだ声が聞こえる。
 中から取り出したのは、黄色の手袋だ。
「ヒントは、私の手袋と同じ色だよ。でも、今はバッグの中にしまってあるからしてないけど」
「ヒントの意味ある?」
「なーい」 
 あまりにも能天気に笑って、カウントダウンを刻む。
 多分一分間の制限時間だと思う。残りはあと半分を過ぎていた。
「これは質問いい?」
「良いけど、時間ないし早く言って!」
「わかった」
 一度呼吸を整えた。一語一句、間違えないよう頭で一回復唱して、口にした。
「その"運命"は香澄にとって、誰のことを指しますか?」
 残り十秒くらいのカウントダウンは突然にして止まった。
 香澄と目が合う。
 今は少し恥ずかしいけど、香澄と目が合う感覚に緊張を我慢できている自分が凄いと励ますのを優先した。
 いや、嘘。
 香澄の返答を今か、今かと待っている。
 香澄はしばらく口を開かなかった。
 そして、香澄のカウントダウンがだいたい十秒を数えていたであろうときだ。
「はい、答えれず!」
「は! それはずるい!」
「なーにがかな?」
 わざとだ。じゃないとこんなに言葉に伸ばし棒なんか入れない。
「別に数えるのがルールじゃないし」
「ハメられた……」
「それは残念でした」
 でも、良い。時間なんて、答えがわかっていればここでは必要ない。
「タンポポかな」
「もう時間切れだよ」
「別に良いじゃんか! 答え合わせしてくれよ」
「まあ、いいや。正解。なんか面白くないなー」
「それは香澄の自業自得だからね、しょうがないよ」
「何! せっかくこの優しい私が渉のために手袋の色を黄色までにしてヒントをあげたと言うのに」
 香澄が指を指す。指したのは赤い包装から取り出した黄色の手袋だ。
「渉の手袋と同じ色の花ってヒント出さなければ良かったよ。それでもわかったってことでしょ?」
「うん。わかったよ。だって、"運命"じゃん。てかその前に───」
 気になる点が一箇所あった。
「香澄はヒントで自分の手袋の色と同じって言ってたよ」
 ああ。だから、わかるわけがない。てか、そもそも香澄が手袋をしていたんだって言うところから始まる。まあ、一応女子だし予想はすればしてるだろうけど。
「え、何かの間違いじゃないの?」
「いやしっかりと言ってました。"私の手袋と同じ色"って」
「え、あ、えー」
 ここまで動揺する香澄を見たのは久しぶりな気がした。
「さ、どういう落とし前だ? 姉ちゃん」
「ちょっと待って。渉にその役は務まらないよ」
 それを言って笑ってバカにする。なんか、こういうところが自分抜けてるよなとか負けてるなと感じる。
「実はね───」
 バッグから何かを取り出す。
「はい、黄色の手袋ー!」
「それはなんとなく予想してた。タンポポ関連なのは知ってるよ」
「え、じゃあ、君は何を感じとった?」
 その黄色の手袋を抱きしめて、俺に尋ねる。
「えっと、まさかだけど俺とお揃い?」
「え、あ、うん……」 
「まじか……」
「え、嫌だった?」
 手元にある黄色い手袋。なんとそれは香澄と同じもの。
「そんなわけ。めっちゃ嬉しい。香澄も同じの持ってるんだなって思えると元気でる」
「良いのかよ紛らわしい。一瞬まじでゾクっとしたよ」
 わからないけど、"嫌だった?"のところで手に力が入ってたのか、俺の真相を知ったときに肩の力を抜くかのように手の力がスッと抜けていった。
「そういえば香澄ってさ、なんでそこまで花言葉に詳しいの?」
 パッと思いついた。けど、それは長年の疑問の一つでもあるような気がする。
「タンポポの"運命"から、チューリップの"愛の告白"とか。そんなことをさ、お互いいろんなこと話してきたりしたけど、今まで俺そんなこと聞いたことなくて。良かったら教えて欲しいなって」
 なぜかわからないけど、黄色の手袋を手にはめた。
 もちろん、ここは病室だし寒い季節だから暖房もしてある。俺も暖かいなと感じた。
 だけど、香澄が付けるのを見て、自分も付けた。
 手だけが暖かくなって、ふわふわな生地に包み込まれて気持ちいい。
「じゃあなんだけどさ、まさかだけど渉一つ忘れてることない?」
 心当たりがない。
「俺なんかした?」 
「私の言葉を覚えていないという件で何かした。ちょっとこれは引く」
「え、そんな重要なこと?」
 俺はいろいろな過去の出来事を思い出す。
 出てきたのだ。
 一つ、俺らに対して大切なことが。
「まさか、許嫁?」
「そう! 良かったねー、覚えてて」
「危うく香澄との関係に亀裂を入れるところだった」
「まあまあ、それに関係しててさ」
「いや、ちょっと待て!」
 正直、香澄に催促の通達をされるまで記憶の端にいてそろそろ捨ててたかもしれない記憶。
 矛盾というか、だとしたらこの関係に賛否がある。
「俺ら付き合って良かったの?」
「じゃあ、どうして私がここにいる?」
「あ、親からお許しが出たんだ」
「そうそう」
 首を縦に振って、頷く。
「まあ、その許嫁に関係があって。相手がかなりのコミュ障で、私と話すことを拒んだりしてしまうかもしれない。だから、そのときにのために花言葉を知っておいて何かあったらそのときにあったお花を差し出してみてって母に言われたんだ」
「まさか、だけどそれは?」
「うん。したことない」
「だから、満遍の笑みで俺にそれを言っても意味がないって」
 許嫁に関してはもうどうでもいい。
 少なからず、まだまだ先の話になるが俺は香澄と結婚したい。
 もしできればの話だ。中学生ごときが結婚のいろはについて語れるわけでも、それの知識も責任もまだまだ詰め込めれていない。
 けど、そんな道はもうないんだ。
 思っておかないでおこうとしてたけど、俺死ぬんだって。そう思うとやっぱり心苦しくなる。
 けど、隠し通したい。
「えっと、だから花言葉に詳しいの?」
 この笑顔を守るんだ。
 許嫁となっている将来の香澄の旦那さんには申し訳ないけど、今は俺が守らせていただく。
 だけど、決して香澄に俺のことで悲しい思いをさせない。
 それを誓います。
「うん!」
 逆に破れるわけじゃないか。
 幸福も不幸も全てをわかりきって乗り越えた先には達成感がある。
 誰かのために、それが植物でも生きている世界。
 そして、周りの誰かを笑顔にするその要領。
 
 俺はこの世界にいれるまで誰よりも君を幸せにする