「駒田さん!」

 佐原先生の声が後ろからまたした。
 無視に徹していたのに、私は思わず振り向いてしまった。
 だって後ろから足音が聞こえた。見ると佐原先生は門から飛び出していて、近づいては来ないけど、私に向かって叫んでいる。

「ありがとう駒田さん! お花、本当に本当にありがとう!」

 必死に叫んでいた、周りの目を気にせずに、私に向かって必死に。
 私は静かに拳を握りしめる。
 嫌だな、佐原先生。最後まで優しいなんて……嫌。
 腕を掴んで引き留めてほしいという理想は叶わなかった、でも凄く心が温かくなってその場から動けなくなりそうになる。もう一度、佐原先生の近くにって心が揺らぎそうになる。だけど、一度だけ佐原先生に返事をするようにうなずいて、私はすぐに前を向いて、足を早めた。
 それが佐原先生に面と向かってできる、今の精一杯の力だった。
 言えない。だから、最後にせめて歩きながら心の中で言おう。
 ねえ、佐原先生。ずっと好きでした。
 大好きでした。
 人に対する思いやりと、恋をする気持ちを私に教えてくれてありがとう。
 今の不幸中の幸いは、風に乗る桜の花びらだけが一緒に泣いてくれること。
 君は相変わらずだね。
 ひとりぼっちになるのはつらいから、桜が散る前に、私は行くよ。
 佐原先生にあげた花束には皮肉が混じってる。
 白いチューリップの花言葉は純粋、そして失恋。だから佐原先生にあげた花束は、祝福で、そして少しの……皮肉。
 でもね、佐原先生。
 帰り道で泣きながら、私は今、強く思っている。
 私は佐原先生に会えて、本当によかった。
 佐原先生結婚おめでとう、そして心からあなたにありがとう。
 佐原先生の一番にはなれなかった。
 佐原先生にもらったものは何一つないから身に付けられるアクセサリーなんていう物はもちろんない。
 ただ、あなたを好きになったことは私の大きな誇りです。
 だから私のこれからも、あなたの教え通りに、ずっとまっすぐに生きていきます。
 ねえ佐原先生、本当にありがとう。
 あなたのことを卒業しなきゃならないのなら、今あなたの幸せを心から願います。
 心の中で言葉を投げたその時、桜の花びらはひらひらと私の側で優しくあたたかく自由に舞ってくれていた。