気がつくと繁華街の方にきていた。
 この辺りは駅も近いので、帰宅中の学生達の姿も見える。たぶんこのくらいの時間に帰っている人達は部活帰りだろう。すでにもう日も沈んでいる。
 誰かとすれ違うたびに、幻でみたあの子かもしれないとつい目で追いかけてしまう。

 もし彼女が本当にいるのだとしても、こうしてすれ違うとは限らない。ましてや実在すら疑われる人物の影を探して歩くなんて、何をやっているのだろうと思う。
 学の言葉を信じれば、好きな人のことを忘れてしまう病気だということだ。もし僕が張本人なのだとすれば、僕は彼女のことを好きだということになる。

 でも正直に言えばそんな気持ちは全く浮かんでこない。
 ただボールを奪われた時の驚きだけが、僕の中に残っていた。大好きなサッカーとからんでいたからだろうか。ボールをうまく扱う彼女の姿だけが僕の脳裏にはっきりと思い浮かべられた。
 好きではない。でも何か彼女のことが気にかかって仕方なかった。素人にしてはボール扱いのうまい彼女。僕からボールを奪った彼女。なぜか気にかかって、あたりを気にしていた。

 そして気がつくと、僕の目線は通りのむこう側で長い髪が風に揺れるのを目にしていた。
 まさか、本当に!? 思わず胸が高鳴るのを感じていた。慌てて僕はその後ろ姿を追いかける。
 幻想の中でみた彼女だ。本当に実在したのか。僕の妄想の中だけに存在した訳では無かったのか。
 僕は彼女のことを知っているのか。彼女は僕のことを知っているのか。

 わからない。わからないけれど、彼女に話しかけるべきだろうか。いやだとしてもなんと話せばいい。本当に彼女が僕のことを知っているかなんてわからない。やっぱり僕が作りあげた妄想の中なのかもしれない。
 とても可愛らしい子だったと思う。だからもしかしたら学校で見かけた彼女を無意識のうちに登場させただけかもしれない。むしろそう考える方が自然だと思う。

 だけどそうではないかもしれない。あれは本当にあったことで、僕が忘れてしまっているだけなのかもしれない。学が話した面白い話は、僕にそのことを気がつかせようとして話していたのかもしれない。
 わからない。わからなかった。
 思い切って声をかけてみれば、はっきりするだろうか。
 変な奴と思われるかもしれない。ナンパと勘違いされるかもしれない。でも話さなければ僕の中にうずまく不安は解決できそうにない。
 だから僕は彼女へと駆け寄って。いや、駆け寄ろうとして歩みを止めていた。

 彼女の隣に背の高い男の姿が見えた。あれはたぶん野球部の武田だと思う。確か女の子に人気でファンクラブみたいなのがあるとかないとか噂されるイケメンだ。
 二人はなにやら楽しそうに会話を続けている。
 その姿を見て、僕は思わず肩を落とす。
 ああ、そうだよな。もしもあの子が僕の好きだった子だとしても、僕は彼女のことを忘れてしまっているんだ。今は特別な感情は持ち合わせていない。

 あんな可愛い子が僕のことを好きになるなんていうのもそもそもおかしいけど、もし本当にそうだったとしても、僕が忘れてしまっているのに、いつまでも好きなままでいてくれると思う方がおかしい。あれだけ可愛い子なら、他の人が放っておかないだろう。
 武田はさわやかなイケメンだし、ちょっと鼻につく部分もあるけど、案外いい奴だ。僕とあいつのどちらがあの子に釣り合うかと言われれば、圧倒的に武田の方だろう。

 そもそも僕が見た妄想は、本当にあったことかどうかも疑わしい。クラスも違うはずだし、話しかけたら「誰?」と言われてもおかしくはない。
 何を一人で盛り上がっていたのだろう。
 彼氏と一緒にいるところに、下手な話をする訳にもいかない。余計なもめ事を引き起こすだけだ。
 もしも僕が本当に彼女のことを忘れてしまっているのだとして。それを今更思い出す必要なんてないのかもしれない。

 僕はその場に立ち尽くしていた。
 姿が遠くなっていく彼女を見送って、それから僕はきびすをかえして、家への帰路を歩き出していた。