部屋につくなり、ボクは荷物を投げ出していた。
たけるくんはまた忘れてしまった。ボクのことを忘れてしまった。
こんどこそ。こんどこそたけるくんはボクのことを覚えたままでいてくれるんじゃないかって。希望を持っていたけれど、その希望は簡単に打ちのめされていた。
先生からはたけるくんの精神の安定のためにはこうするしかないんだって言われていた。
診察の途中で急激にたけるくんの状態が悪くなったけど、その状態が続くと、たけるくんの心が壊れてしまう可能性がある。だからいちどはっきりと思い出させて、また忘れてもらうしかない。そう言われてはボクにはもうどうしようもなかった。
先生はたけるくんにボクのことをはっきりと説明した。それからボクにいくつか質問をして、ボクとのことを思い出させていた。
そうしてたけるくんはボクのことを好きだったことを思い出して、そして再び忘れてしまった。
単純にボクのことを思い出させるだけではうまくいかない。そんなことはわかっていたけれど、今度こそうまくいくんじゃないかって。ボクのことを助けてくれてその記憶を作って、ボクとのライムの記録に気がついて、それがたけるくんの気持ちを良い方向に向かわせるんじゃないかって期待していた。
でもそれもうまくいかなかった。
ボクがそばにいることで、やっぱりいろいろと刺激させてしまったのかもしれない。
たけるくんはいくつかの刺激を受けることで少しずつ思い出すことはある。だけどそれはむしろ病気の治療に対しては悪い方向に進んでしまう。思い出して忘れてを繰り返すうちに、たけるくんの記憶は曖昧になって不安定にすすんでしまう。
だからいまはそっと刺激せずに、様子をみるしかないんだ。先生にはそう言われた。
君と二人で一緒にきたことで、少し期待をしたけれど、やっぱりそれは悪い方向に進んでしまった。だからできればしばらくの間はこのままたけるくんを刺激しないようにしてくれ、とも言われていた。
それはボクがたけるくんに近づかないようにってことですかとたずねたら、先生は困ったような顔をして、そういう意味になってしまうかな、と告げていた。
たけるくんはあのあとボクのことを忘れて、そして気を失ってしまった。
ふだん今頃は家に戻っているだろうけれど、たけるくんはボクのことをもう覚えていない。
先生はあのあとボクから話をきいて、ライムの記録の話も確認して、たけるくんのスマホから記録を消してしまった。どうやら会話の内容が少し刺激的すぎたようだ。フレンド登録まで消す必要はないって話だったけど、恋人同士を示唆するような内容は刺激が強すぎるのだという。
端的にいえば、ボクの存在は今のたけるくんにとって刺激物でしかない。治療の邪魔になるって言われたも同然だった。
最後にそうしていればたけるくんは良くなるんですか、とボクは先生に訊ねた。
先生はやっぱり困った顔をみせながら、ゆっくりと口を開いてボクに告げる。
『この病気が完治した記録は今までわずか数例しかない』
ボクは先生の言葉に、絶望を感じていた。まるで世界が終わるかのような気がして、頭の中がくらくらとして何もかもが信じられなかった。
治療例がほぼない。つまりは治らない。たけるくんがボクのことを思い出すには、ボクよりももっと好きなものを作ってもらうしかない。
でも幼少の頃から好きだったサッカー以上に好きになってくれたボクのことよりも、好きなものが今更出来るだろうか。出来たとしたそのときは、ボクと恋人に戻ることが出来るだろうか。
答えはきかなくてもわかっていた。
ボクの手は今も震えている。
こんなにも、こんなにも好きなのに。
ボクはたけるくんにとって邪魔な存在でしかないのだ。
好忘症。一番好きなもののことを忘れてしまう病気。なんて。なんてひどい病気なのだろう。なんて悲しい病気なのだろう。
たけるくんはボクのことを好きでいてくれる。大好きでいてくれる。
だから、ボクのことを忘れてしまう。何もかもなかったことにしてしまう。
どうしてなんだよ。何が悪いんだよ。ボクはどうすればいい。ボクは。
たけるくんのそばにいられれば、それだけでいいのに。他に何もいらないのに。それなのに。この病気はボクからたけるくんを奪っていく。
嫌われているのだったならば、あきらめもつくのに。たけるくんはボクのことを好きでいてくれて。だけど、だから離れてしまっている。
なんだよ。なんなんだよ。なんなんだ。
わからないよ。わからない。
たけるくんにとって、ボクの存在は心を揺らしてしまう。だから近づいてはいけない。ボクはたけるくんにとって、病気を悪化させる存在でしかない。どうして。どうしてなんだよ。
ボクは、ボクは。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何をしていいのかもわからなかった。
たけるくんがボクのことを一番好きじゃなかったのなら、二番目に好きなのであれば、ボクは近くにいられたのに。どうして。大切なものをなくさなければいけない。
二番目に好きになってくれたなら。もっと違う好きなものを見つけてくれたなら。
好きでいてくれるのかな。好きでいて。
嫌だ。やっぱり嫌だ。わがままかもしれないけど。だめなのかもしれないけど。
でも一番好きでいてほしい。ボクのことを一番好きでいてほしいよ。
ボク以外の人を好きにならないで。ボクのことを一番に見て欲しいよ。
でももう忘れてほしくない。忘れられるのは辛い。ボクの心の中をナイフでえぐられていくようで、もうボクは。
どうしたらいいのか。わからないよ。
たけるくんはまた忘れてしまった。ボクのことを忘れてしまった。
こんどこそ。こんどこそたけるくんはボクのことを覚えたままでいてくれるんじゃないかって。希望を持っていたけれど、その希望は簡単に打ちのめされていた。
先生からはたけるくんの精神の安定のためにはこうするしかないんだって言われていた。
診察の途中で急激にたけるくんの状態が悪くなったけど、その状態が続くと、たけるくんの心が壊れてしまう可能性がある。だからいちどはっきりと思い出させて、また忘れてもらうしかない。そう言われてはボクにはもうどうしようもなかった。
先生はたけるくんにボクのことをはっきりと説明した。それからボクにいくつか質問をして、ボクとのことを思い出させていた。
そうしてたけるくんはボクのことを好きだったことを思い出して、そして再び忘れてしまった。
単純にボクのことを思い出させるだけではうまくいかない。そんなことはわかっていたけれど、今度こそうまくいくんじゃないかって。ボクのことを助けてくれてその記憶を作って、ボクとのライムの記録に気がついて、それがたけるくんの気持ちを良い方向に向かわせるんじゃないかって期待していた。
でもそれもうまくいかなかった。
ボクがそばにいることで、やっぱりいろいろと刺激させてしまったのかもしれない。
たけるくんはいくつかの刺激を受けることで少しずつ思い出すことはある。だけどそれはむしろ病気の治療に対しては悪い方向に進んでしまう。思い出して忘れてを繰り返すうちに、たけるくんの記憶は曖昧になって不安定にすすんでしまう。
だからいまはそっと刺激せずに、様子をみるしかないんだ。先生にはそう言われた。
君と二人で一緒にきたことで、少し期待をしたけれど、やっぱりそれは悪い方向に進んでしまった。だからできればしばらくの間はこのままたけるくんを刺激しないようにしてくれ、とも言われていた。
それはボクがたけるくんに近づかないようにってことですかとたずねたら、先生は困ったような顔をして、そういう意味になってしまうかな、と告げていた。
たけるくんはあのあとボクのことを忘れて、そして気を失ってしまった。
ふだん今頃は家に戻っているだろうけれど、たけるくんはボクのことをもう覚えていない。
先生はあのあとボクから話をきいて、ライムの記録の話も確認して、たけるくんのスマホから記録を消してしまった。どうやら会話の内容が少し刺激的すぎたようだ。フレンド登録まで消す必要はないって話だったけど、恋人同士を示唆するような内容は刺激が強すぎるのだという。
端的にいえば、ボクの存在は今のたけるくんにとって刺激物でしかない。治療の邪魔になるって言われたも同然だった。
最後にそうしていればたけるくんは良くなるんですか、とボクは先生に訊ねた。
先生はやっぱり困った顔をみせながら、ゆっくりと口を開いてボクに告げる。
『この病気が完治した記録は今までわずか数例しかない』
ボクは先生の言葉に、絶望を感じていた。まるで世界が終わるかのような気がして、頭の中がくらくらとして何もかもが信じられなかった。
治療例がほぼない。つまりは治らない。たけるくんがボクのことを思い出すには、ボクよりももっと好きなものを作ってもらうしかない。
でも幼少の頃から好きだったサッカー以上に好きになってくれたボクのことよりも、好きなものが今更出来るだろうか。出来たとしたそのときは、ボクと恋人に戻ることが出来るだろうか。
答えはきかなくてもわかっていた。
ボクの手は今も震えている。
こんなにも、こんなにも好きなのに。
ボクはたけるくんにとって邪魔な存在でしかないのだ。
好忘症。一番好きなもののことを忘れてしまう病気。なんて。なんてひどい病気なのだろう。なんて悲しい病気なのだろう。
たけるくんはボクのことを好きでいてくれる。大好きでいてくれる。
だから、ボクのことを忘れてしまう。何もかもなかったことにしてしまう。
どうしてなんだよ。何が悪いんだよ。ボクはどうすればいい。ボクは。
たけるくんのそばにいられれば、それだけでいいのに。他に何もいらないのに。それなのに。この病気はボクからたけるくんを奪っていく。
嫌われているのだったならば、あきらめもつくのに。たけるくんはボクのことを好きでいてくれて。だけど、だから離れてしまっている。
なんだよ。なんなんだよ。なんなんだ。
わからないよ。わからない。
たけるくんにとって、ボクの存在は心を揺らしてしまう。だから近づいてはいけない。ボクはたけるくんにとって、病気を悪化させる存在でしかない。どうして。どうしてなんだよ。
ボクは、ボクは。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何をしていいのかもわからなかった。
たけるくんがボクのことを一番好きじゃなかったのなら、二番目に好きなのであれば、ボクは近くにいられたのに。どうして。大切なものをなくさなければいけない。
二番目に好きになってくれたなら。もっと違う好きなものを見つけてくれたなら。
好きでいてくれるのかな。好きでいて。
嫌だ。やっぱり嫌だ。わがままかもしれないけど。だめなのかもしれないけど。
でも一番好きでいてほしい。ボクのことを一番好きでいてほしいよ。
ボク以外の人を好きにならないで。ボクのことを一番に見て欲しいよ。
でももう忘れてほしくない。忘れられるのは辛い。ボクの心の中をナイフでえぐられていくようで、もうボクは。
どうしたらいいのか。わからないよ。