「さぁ。お前との逃走を始める前にこれぐらいは教えてやろう」
「と、逃走……!?」
「俺の名前は鬼堂伊織。お前の旦那になる男だ」
「だ、旦那っ……?」
 ポカンとしているとその隙に、そっとお姫様抱っこをされてしまう。
「わっ……!?な、なんですか……!?」
「初対面早々悪いがまだ死ぬわけにはいかないのでな」
 そう言われた瞬間、煙が出てきて鈴と鬼堂という男は消えてしまった。


 次に鈴の視界に入ったのは、とてもこの世とは思えないほど、見たことのない世界だった。
 ぼんやりと明るい、江戸のような街並み。
 そして何より——たくさんのあやかし。
 現世にもあやかしはいるけれど、これほど大量に、種類豊かに見ることなどほぼない。
 ようやく自分がどこに来てしまったのか理解して、少し震える。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫なわけ、ないですっ……ここ、かくりよ……ですよね?」
 噂によればかくりよに来た人間は魂を吸い取られて死んでしまうんだとか。
 そのことを鬼堂に伝えますと、あははと笑われてしまった。
「そんなわけないだろう、人間は面白いことを考えるんだな」
「あ、あはっ……」
(そ、そんなわけなくてよかった……!!)
 あっさり鬼堂の言うことを信じて、安堵する鈴。
「いや……そんな噂も誠だったかもしれないな」
「えっ……」
「確か番のあやかしと口付けを決まってしないと、魂が吸い取られてしまうんだとか」
「そ、そそそっ……そんなぁっ……!!」
 慌てて目がグルグルになり出してしまう鈴を見て、愉快愉快と楽しげに微笑む鬼堂。
「安心していい、お前は俺の番だ。あとで口付けてやる」
「ええっ……!け、結構です」
 バッと鬼堂に背を向ける。
「傷つくぞ?」
「関係ありません……!」
「あはは、そうか」
 からかわれてムスッとするも、綺麗な世界に飲み込まれてしまう。