「誤解しないでほしいのは、俺にとって美也はお前の前世の身代わりではないということだ。……嬉しかったよ。知らない形で失ってしまった存在が、ちゃんと輪廻の輪にいてくれたことが。それもまた、俺が近くにいられる存在として生まれてきてくれたことが。思い出すと辛いことがあったかもしれない。だから、前のことを思い出そうとはしなくていい。美也にあるのは過去ではなく未来だ。もし……もし好いている人がいるなら、その者と生きてほしいと思っている。周りには求婚するとか言ってしまっているが……俺は今まで美也の成長を見守れただけで十分だ。これからは、遠くから見守ることにする。だから――」

なんだかこれから別離するような話をされて、美也はむっとした。

そんなこと、望んでいない。

「勝手言わないでください。確かに私は前世の記憶とかないし、榊さんのことも憶えていませんでしたけど――でもですね。こんなずっと傍にいてくれる人、なかなかいませんよ。何も押し付けないで、見返りも求めないでそんなことするのって、相当惚れ込んでないとできませんよ? 私、榊さんなら嫌じゃないですから。巫女になるとか、結婚するとか、そういうこと。ただ……」

勢いの良かった美也の声が小さくなった。

「なんだ?」

美也は、自分の膝の上のこぶしに視線を落とした。

これを言ったら榊を傷つけるんじゃないだろうか。

大事な人を失ったことのある榊に、自分が言ってもいい言葉なのだろうか……。

数瞬悩んだが、結局言うことにした。

「……好きかどうか、と聞かれると、わからない、としか言えないです……」

「………」
 
榊から反応はなかった。美也はこぶしに力が入る。

「今までの榊さんが、絶対の味方っていう感じの名前がつく存在だったので、安心しきっていて……一緒にいることなら、ずっと一緒にいられると思います。そうしたい、とも思っています。でも、それが恋愛になるかどうかわからないんです……すごく申し訳ないのですが……」

美也が恥ずかしさと申し訳なさから両手で顔を覆うと、こつんと額を小突かれた。

そろりと指の隙間から榊を見ると、優しい顔で美也を見ていた。

「いいよ。美也がいてくれるだけで、……やっと、安心出来たから」

安心。その言葉にどれほどの意味があるのか。

美也は顔から手を離して、榊を見上げた。

「……消えてしまった、からですか……?」

「………ああ。今もどこかに囚われ続けているのかもしれないと……忘れられたことなんて出来なかった。なんで助けられなかった、なんでもっと早くに自分のところへ呼ばなかった……ずっと、そう考えていた」