「いやふつーに店に来ただけなんだけど」
男は、奏の方だけを見ている。向かい合わせの席にいる美也には気づいていないのか見てこない。
「じゃあ別に話しかけないでいいでしょ」
「連れないな」
「あんたとは終わってるでしょ」
「それなんだけどさー。……ちょっと話せない?」
「話さないわよ。浮気者は嫌い」
「お前可愛げねーな。いいから来いって」
男が、奏の腕を掴んだ。さすがに力の差があるからか、奏は引っ張られて立ち上がった。
「ちょっと……!」
奏の顔ににじむのは嫌悪。美也は立ち上がって奏の服の裾を掴んだ。
「え、み――
「奏さん、ひとりにしないでください……」
「―――」
ハートの矢が奏に突き刺さった。
「しょっ、しょうがないわねっ。可愛い従妹が一緒なの。あんたと話してる暇ないのよ」
「え、従妹ちゃん? かわいー、一緒に……っ」
男が言いかけたとき、美也がめちゃくちゃ苦いものを口に含んだような不快感満載の顔で男を見た。
それを真正面から見てしまった奏が固まった。
「いつまでも奏さんの手を掴んでいないでくださいよ、すっとこどっこい」
「すっ……? え、……」
男、美也の見た目とは全く違う態度と反応に、面食らっていた。
美也の今まで見せたことのない表情に衝撃を受けて固まっていた奏が、はっと意識を取り戻して男の腕を払った。
「こんな公共の場で問題起こす気? 何言われてもあたしもこの子も行かないわ」
はっきりとフラれ、そして周囲の視線も集まってきたことに気づいた男は注文もせずに店から出て行った。
それを見送って、すとん、と奏が椅子に座り込んだ。
「奏さん……大丈夫ですか?」
美也が奏の隣に立って心配すると、奏は気にするなというようにひらひらと手を振った。
「大丈夫よ、あたしは。……あんたそんな顔出来たのね。美少女が台無しでびっくりしたわ」
「百面相は得意なので」
「いや照れるとこじゃないわよ。でも……ありがと」
「いえ。……断ってしまっていい方でしたか?」