美也は、奏まであと少しという距離まで詰めた。

あと少し――伸ばした手を、振り払わないで――

「……ねえ美也、あたし、死んでもいい?」

「はっ? そんなこと、いいわけないじゃないですかっ」

美也が奏を連れ戻そうと足を出すと、奏は「来ないで!」と怒鳴った。

美也の肩がすくんで、少しだけ身を引いてしまった。

「あたしが欲しいもの、美也のものにしかならないんだもん。あたしがどれだけ好きだったかわかってるのに、みんな美也の方が可愛いって言うの。……恨んでるわよ、あんたのこと」

そう言った奏の体が傾いで――川に呑み込まれた。

「奏さん!!!!」

雨の降っているときの川だ。普段より危険性は増している。

慌てて駆け寄った美也だが、手を伸ばしても空を切るしかない。

勢いで川の淵ギリギリの地面に膝をついたが、その姿を見えない。

美也はためらう暇もなく水面に足を突っ込んだ。それにぎょっとした開斗が美也の服を引っ張って止めようとするが、美也は無視する。

「巫女さまあああああああ!」

「奏さん――!」

「――案ずるな、美也」

聞きなれた優しい声。

両足を水に突っ込んでいたところを、その声に気をとられた隙に開斗に岸辺へ引っ張り上げられていた。

いつの間に隣にいた榊が、両手を前へ突き出す。

ゴウッと音を立てて、川の中から巨大な水球が浮かび上がってきた。

「か、奏さん!」

その中央には、ぐったりした奏がいる。

水球はゆっくりと川岸にやってきて、そっと地面に着地して奏を解放した。

「奏さん! 大丈夫ですか!?」

横たわる奏の脇に膝をついた美也が揺するが、反応しない。

美也の顔が青ざめるのがわかった榊が美也の肩に手を添えた。

「美也、呼吸はちゃんとある。ショックで意識を失っているだけだ」

そう、冷静に分析する。

はっとした美也は奏の口元に耳を寄せて、呼吸音を確認した。ある。続けて手首を握って脈もみたが、問題はなかった。

美也の全身から力が抜ける。

「よか……た………」

「水に入った直後に守ったから、水を飲み込んだりもしていないよ。しばらくすれば意識は戻るだろう」

「……ありがとうございます……」

言いながら、美也は奏を抱きしめた。

まだ反応はないが、あたたかいし、しっかりとした心音も聞こえた。