あの鏡はただの水で、榊の方にあったものと連動している……。
神様だから出来ることなのだろう。
「……難しいです……でも、そうなんですね。壊れたとか、そういうわけではないんですね……榊さんのところの戻ったって思っていいんですか?」
「そう理解してくれて構わない。だが、開斗が勝手をしたことはすまなかった。驚いただろう。……それに、自分で取り返したいと言ってくれた美也の気持ちを、踏みにじってしまった……」
榊の方こそ気にしているようだった。
そんな相手を責める気にはなれない。
「びっくり――はしましたけど、水が消えたとき、悔しいとかはなかったんです。不思議だって気持ちはありましたけど……怖いとも思わなかったんです。でも、それをきっかけに榊さんが人間じゃないと疑ってしまって……その、榊さんに申し訳ない気持ちと、自分が苦しい気持ちがあって……それで、百合緋さんに言われた通りに来たんです……。自分の苦しさをなくしたかったんです……」
美也は素直に吐露する。
それが百合緋の言葉を頼ろうと思ったきっかけは、それだ。
「自分を一番護らないといけないのは、自分自身だ。俺も美也を護る気でしかいないが、美也が自分を護らないと、俺には及ばない部分もあるだろう。だから、自分を護ることは悪いことではない。そんな顔をするな」
優しく言われて、美也は泣きそうになった。
なんと謝ればいいのかずっと考えていたから、その緊張感も同時に消えた。
「……さっきの榊さん、ヒーローみたいでしたよ」
美也が言うと、榊は美也を助けに行ったことより、自分が月御門邸の門を破壊したことを思い出したようで、「……修復する使役は残してきたから……」と小さな声で言った。
ふと視線を感じた美也が少し振り返れば、すれ違った女性の二人組がちらちらと美也と榊を見ていた。
もしかして開斗が視えているのだろうかと心配になって右腕に視線をやれば、開斗はきょとんとしている。
「ねえねえ、すっごい美形と可愛い子。兄妹かな?」
こちらを見てくる女性たちとはお互い足を停めていないので、距離は遠ざかっていく。
何を言っているかまでは聞こえなかった美也は、見られている気がしたのも気のせいだろうと思って、先を行く天音の方に体を向けた。
「そうだな……今は兄妹ってことにしておくか」
ぽつと榊がそんなことを言った。
今度は隣からの声だったので美也の耳にも届いたが、どうしてそんな話になるのかわからなかった。
「なんですか? それ」
「ぼくは巫女さまの弟になります!」