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一晩中、本当に一睡も出来ずに悩んだ美也は、翌土曜日、ひとり電車に乗っていた。
月御門という名前は聞いたこともないし、パソコンやスマートフォンを持たない美也に検索することも出来なかったけど、なにかひかれるものがあった。
――行ってみよう、という直感のようなものが。
ノートなどの学業の必要品を買うために渡されているお金から、渡された紙切れに記されている駅までの往復の電車代だけを小さなショルダーカバンに入れて、美也は愛村の家を出た。
休日は愛村の三人はほぼ出かけているので、家事をこなせばそうそう怒られることはない。
虫の居所が悪ければあれこれ理由をつけて怒鳴られるけど。
着いた駅は広い造りながら騒々しくなく、高級住宅街に中にあり、見渡す奥には山を背負っている場所だった。
「美也さん」
駅を出た美也はまたもやびくっと肩を震わせた。
いきなり名前を呼ばれたけど、心当たりがないし、美也をそんな風に呼ぶ人も知らない。
きょろきょろとすると、駅の階段下に、美也に向かって手を振っている少女がいた。百合緋だ。
「あ……」
美也が言葉に詰まっていると、百合緋が駆け寄って階段を数段あがる。
「来てくれてありがとうございます。おかげで怒られなくて済みます」
「え……?」
怒られる? 誰に?
戸惑っていると、百合緋の後ろをついてくるように歩いてくる女性もいた。
(う、わ……)
その女性はすとんとした丈の長いワンピースを着ていて、長い黒髪は綺麗に編まれていて、化粧っ気がないのに透き通るような白い肌と、程よい明るさの唇の色をしている。
(び、美女……)
百合緋は一度会っているのでショックは薄らいでいたが、初対面のその女性には圧倒された。
「美也さん、こちらは天音っていうの」
「初めまして。清水様。天音と申します」
「は、はじめまして……清水美也です……」
様づけで呼ばれることにも驚いたが、色々と動揺している美也の頭はむしろ落ち着いてしまっていた。
名乗ると、女性はにっこり微む。
「今日は月御門の家までの案内役と、護衛を仰せつかっております。歩きの方が良いと主が申しておりまして、そう遠くはないのでご一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」