「あー、やっぱ落ち着くやこの空間っ。和み和みっ」

 履いていたサンダルは、窓からぽいと外へ落とした。
 クリーム色の踏み台の横で転がったそのうちのひとつは、裏返しになって着地した。

 わたしの身体が全て入室したことを確認したユーイチは、すぐにエアコンのスイッチを切り、網戸にした窓から風を入れる。

 夜でも元気な蝉たちが、ミンミンと威勢よく鳴いていた。

「ねえねえ聞いて、ユーイチ」
「なに」
「さっきね、ホームレスに会った」

 壁沿いで、体育座り。ベッドに座るユーイチを見上げながらそう言うと、彼の瞳が丸くなる。

「え、まじで?どこで」
「ユーイチの家からわたしの家に来るまでに、小さな橋あるじゃん」
「うん」
「あれの下」

 へえ、そうなんだ、とその瞳の丸みを戻したユーイチ。もっと驚くかと思ったけれど、彼にとっては大したことではなかったらしい。

「びっくりしないんだね」
「いや、ちょっとびっくりしたよ。でも確かにあそこ、人気(ひとけ)ないし。何年か前にもそんな連中いたの見たことあるから、奴等にとっては穴場なのかもな」
「穴場あ?」
「そそ。ベスポジベスポジっ」

 平然と、話すユーイチ。わたしは折り曲げていた両膝を伸ばす。

「本当にあんなところで、毎日寝てるのかな……電気も屋根もないあんなところで、毎晩ずっと……」

 とても悲しい場所だった。野良犬や野良猫の寝床だとしても、憐れんでしまいそうな、ひっそりとした暗い世界だった。

 おばあちゃん曰く、わたしたちが住むこの東京は、星屑でできた街なのに。
 さっきの彼は、ひとりで今頃どうしているのだろう。

 そう思ったら、胸がきゅっと苦しくなる。
 痛む心の唯一の支えは、彼がそこまで見窄らしくなかったことだ。