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「あ……ん、どうー、け……」

 三つの漢字が、上手に読めなかった。

「あん、どー……け」

 どうやら目から入ってくる情報を、脳みそが理解するのを拒んでいるようで、だからそれに伴って、唇の動きも鈍くなっているようだった。

「あ……んど……うけ……」

 安藤家

 目の前に佇む墓石には、そう書かれていた。一瞬先ほどの霊園に戻って来たのかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 わけが、わからない。

「なに、ここ……」

 ユーイチに連れて来られた目的地に、浮かれ気分は急降下。
 ちーちゃんの苗字は安藤だけれど、だからってなんでどこかの安藤(だれか)さんのお墓の前にいなければいけないんだ。

 わたしの隣でしゃがみ込んだユーイチが、目を瞑って手を合わせたから、ゾッとした。

「ちょっとユーイチ、ふざけないでよっ」

 起き上がらせようと、ユーイチの腕を掴んで引っ張る。けれどそれをもろともせず、彼はしゃがんだままに目だけを開けた。

「和子」

 とても低い声だった。

「お前が俺の父さんの死を知らなかったのは、十年前にあった辛い出来事に全て、自分で蓋をしたからだ」

 ユーイチは、わたしのことは見なかった。目の前の墓石に、視線を送り続けている。

「十年前の今日、ちーちゃんは七歳になると同時に手術を受けるはずだった。だけどその前日に発作を起こして、手術は受けられなくなった」

 そこでゆっくりと、わたしに向けられるその視線。

 わたしの影が落とされた、暗がりの顔でユーイチは言う。

「ちーちゃんはもうとっくに死んでんだよ、和子。お前がちーちゃんに誕生日プレゼントを直接あげたいって固執するのも、十年前に渡すはずだったプレゼントを……ちーちゃんのために用意してた文房具セットを渡せなかったからだ」