「わぁ、きれい!もみじが持ってきてくれたの?」
「……あぁ」
照れたように頷くもみじを微笑ましげに眺めながら、色とりどりの花を丁寧に花瓶に挿す。
ぼくが満足いくように飾りおえると、待ってましたとばかりにもみじがハグをくれる。柔らかくて優しい、幸せの気持ち。
「ふふっ、もみじは相変わらず、ハグが好きだね」
「……そうだな」
どうしてか、素直に頷くもみじが、ちょっと面白い……ような?どうしてだろうか。良く分からないけれど……でも、もみじが一緒なら、それでいい。
「車椅子にはだいぶなれたのか?」
「うん!ちゃんと自分でも漕げるし!」
一生懸命練習もしたんだから、任せて!
「……そうだったな」
時々見学に来てること、知ってるんだから。相変わらず照れたよう視線を逸らすもみじはちょっと、かわいいかも。
「あぁ、そうだ。もみじ。あのね、プレゼントが届いたって!今日看護師さんが届けてくれたんだ」
「……っ、そう言うのは、俺を通せと伝えておいたはずなのにっ」
「もみじは過保護だよ」
俺は日本人らしいのだけど、今はアメリカの医療施設にいる。EPAって言うお魚のマークの団体が運営している医療機関なんだってさ。……てか、何でお魚……?
そこら辺はよく分からない。でも日本で事故に遭ったぼくを治療してくれたのがここの施設で、ぼくはもみじの【ぺありんぐ】なのだそうだ。
もみじは不思議な体質で、ぼくとハグをしないと死んじゃうらしい。これは冗談じゃなくて、マジらしい。
さすがはアメリカ。そんな特殊体質まで解明してるとか、すごすぎる。
そしてもみじはぼくと同い年なのにそのEPAで働いている。アメリカでとっても役立つ仕事をしているんだとか。詳しくは機密事項だから教えられないと言っていたけれど。
それでも、もみじとハグをすればどうしてか懐かしい気持ちになるんだ。ずっとずっと昔も、こうしていたような、不思議な感覚。
「ねぇ、もみじ。もみじはどうしてぼくにそこまでしてくれるの……?」
ぼくには家族もいない、頼る宛てもない。ただ、もみじをハグできるだけ。
両足は動かなくなったけど、ぼくはもみじをハグしてあげられるよう、この腕をとっても大事にしないといけないと分かっていて、それからこの腕がほかの誰かも救うことを知っている。
もみじは、ハグは自分だけのものだと言うけれど、ぼくは多くのひとのためになりたいと告げ、手を握るだけならと許してくれた。
そうしてぼくの元を訪れるひとたちは、ぼくの手を握り、そして涙を流す。
それが彼らを救うことになるのだそうだ。今もたまに、お礼のプレゼントをもらう。もちろんこれはEPAでしっかり検査しているし、ボディーガードでついてくれているハヤテさんや、カザリさん、トオキさんたちも確認してくれた上でだ。
もみじはどうしても事前に知りたいようだけど……。ほんと、そんなに心配しなくてもいいのに。因みに今回は、千羽鶴である。
ハヤテさんが、これは日本のお見舞いの時によく贈られるものなのだと教えてくれた。ぼくも鶴を折ってみようかな?もみじにプレゼントしたら、喜ぶだろうか?
鶴を興味深く見ながらも、もじもじしているもみじの回答を待つ。
「ねぇ?もみじ?」
「……それは、浬が……浬が大事な、」
「友だちだから?」
そう、もみじがいつも言ってくる言葉を口にすれば。
「……そう、だな」
もみじは少し考え込むような素振りをした後に、頷いた。
「でもね、ぼく、もみじのことは家族のように思ってるよ」
「……」
本当なら、平凡で、しかも脚の動かないぼくが高望みなんてできないくらいに、カッコいい。
でもその見た目も、クールで少し照れ屋なところも。あと、たくさんハグをしてくれることも大好きだ。
そしてもみじはたまに身体が冷たい。ぼくとハグをすると、だんだん温かくなる。もみじの身体が温かくなると、とても安心するんだ。昔どこかで、何度もこんな感覚を抱いたような。
「何かまるで、ずっとずっとそうだったみたいな気がするんだ」
「……そう、か」
「ね、ぼくたち、本当に友だちだったの?」
心の奥に、ぽかりと空いた穴。何か大切なものが詰まっていたはずなのに。
「……どう、だろうな」
「え、はぐらかした!」
「……いつか、分かる。きっと……」
ぼくの中には、何もないのに。あったのは、もみじの体温だけ。その身体の温もりだけだった。
「俺が、きっと……教える。だから、受け取って」
「……もみじが、そう言うなら……分かった」
「あぁ」
どこか満足げに微笑んだもみじは、ぼくにそっと……ハグをしてくれた。
「今日はこの後、散歩に行こう」
「うん、いいよ」
もみじに車椅子を押してもらいながら、紅葉に染まる庭を行く。
「あのね、もみじ。ぼく、もうすぐ、退院できるんだって」
そう、ここの看護師さんたちが言っていた。
「そう、だな」
ふふっ。相変わらずぶっきらぼうなところがある。でもそんなところが微笑ましい。
退院したら、もみじと住むことになっている。身寄りのない身だし、ぼくのハグがもみじに必要だからってのもある。
あとね、ぼくはEPAにとって、ほーりーりんぐって存在らしいんだ。だから今までどおりボディーガードのハヤテさんやカザリさん、トオキさんがついてきてくれて、みんなそれぞれのぺありんぐたちも来てくれるんだって。
ぼくはあんまりほかのぺありんぐと会ったことがないから、今からでも楽しみだなぁ……。
どんなひとたち何だろう。聞いたら、みんなぼくと会うのを楽しみにしているって。早く……会ってみたいなぁ。
――――――あ、それと。もみじに言わなきゃって思っていたことがあるんだった。
「それでね、もみじ!ハイスクールだけど」
ぼくはともみじは年齢的に、ハイスクールに通っているはずなのだが。EPAの庇護下でこうして過ごしている。
「それは……っ」
もみじが悔しそうに顔をそむけるのだが。
「分かってる。大丈夫だよ。実はね、EPAが提供している学習プログラムがあるんだって。英語だけど、頑張って読めるようになるよ。そうしたらね、ハイスクールの卒業資格が得られるんだって。ねぇもみじ。もみじもやってみる?」
「……っ」
「それとも、お仕事、忙しい?」
「俺は……大卒までの資格は、一応持っている」
「ほへーっ、すごい!じゃぁ、勉強教えて!あ、でも英語だから大丈夫かな?」
「英語なら問題ない。……ここは俺の生まれた国でもある」
「……それ、初めて知ったっ!」
「……言ってないからな。ずっと……」
「ずるい……っ!」
「ふっ、ふふふっ」
もみじが穏やかに笑う。その光景は、とてもとても愛おしいと思ったんだ。
だがふと、風に吹かれたように庭を横切った人影に……。
「みこと……」
「浬?」
「いや、何でもない。何でだろう、何かとても懐かしいような気がするんだ」
駆け抜けていったその後ろ姿が。ふと口から飛び出した人の名前は、知らないはずなのに……。
「……変なの?」
「浬……ごめんな」
「どうして謝るの?」
そんな、悲しそうな顔をしないで。
「……何、でもない」
もみじはそう言って、まるで祈るように後ろからぼくを抱き締めてくる。もみじの身体は、とても温かくて、心地よい。そんな体温を感じていたら、どこか胸の奥に温かな気持ちが目覚めつつも、その感情の名前は思い出せなかった……。
だけどね、膝掛けの下で、こっそりと企みをしたんだ。もみじがペアリングの証だと、ぼくの左手の薬指に嵌めてくれた銀色の指輪。その裏にはね、2人の名前が彫ってあるんだ。その指輪の表面をなぞりながら、裏面に込められた思いを受け取る。高鳴る気持ちを微笑みに乗せたのは……もみじにはバレていないはず。