6月も終わりに近ずき、じんわりと蒸し暑い季節が近ずいてきた。毎週同じ教室で、同じ時間に行われる講義。ほかの友人がいない場所で、あいつに似た彼と2人並んで授業を受ける。
授業終わり、少しゆっくりと片付けをし、荷物を全て整えた頃には次の授業で使う学生は居れど同じ授業を受けた人間はおそらく1人も残っていなさそうだった。
荷物を持ち私の授業で必要と言われたデータを得るため図書室へ向かう。
大学図書館に着いた俺は適当に調べデータを得ると必要事項をメモし本は返却をする。目的も達成され帰ろうと玄関で外を見あげると生憎の雨。スマホを使い今後の天気を調べるともうしばらく止みそうに無いことがわかる。朝出かける時は雨が降ってなかったのもあり今日は傘を持っていない。どうしたものかと眺めていると後ろからさっきまで授業で並んでた彼らしき声が。振り返ると案の定、想像の通り彼だった。
「あの、良かったら一緒に傘入りますか?」
その言葉にだいぶ悩んだがしばらく止みそうもない雨に諦め、入れさせてもらう事を決めた。
2人並んで歩く大学から最寄りまで、徒歩10分ほどの時間。なにか話しかけようかとも思ったがする話も無ければ俺なんかが話しかける権利は無い。いつもの授業とまるで同じようにお互い無言のまま駅まで歩く。
駅構内、屋根のある場所まで着き、あいつに似た彼が傘を閉じる。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「では、また」
お礼を告げ別れようと改札の方へ体を向けた俺の背中に声がかかる。
「ゆうき!前もこんな事あったよね。塾の帰りにさ、」
その言葉に忘れていた昔の記憶が蘇る。
確かあの日は塾の帰り、なぜだか2人だけ帰りが遅くなった日だった。夜9時半すぎ、雨が降っていてあいつは傘を持っていなかった。対して俺は母親に入れられた折り畳み傘が鞄の中に入っていて。何となく、自分だけ傘をさして帰るのに気が引けたのだ。元々同じクラスで、1ヶ月横に座って何時間も勉強していた相手だった。俺はあいつに一緒に傘に入らないかと、そう誘った。最初は遠慮していたあいつだが最終的には一緒に少し小さい折り畳み傘に入っていつも使うバス停まで歩いた。その間も、バスを待っている時もずっと2人は無言だった。昔も今も無言で誰かと居るのが気まずくて苦手なはずの俺なのに、あいつと一緒にいた沈黙は苦しくなくて、むしろ心地良さまで感じていた。
その日がきっかけだったと思う。あいつとの距離が一気に縮まったのは。
翌日、学校であいつは俺に昨日のお礼を言った。それに応え、いつものように会話はそこで終わった、はずだった。なんだか会話が終わってしまうのが寂しくて、その後の会話をお互いに探しているのを察し、思わずといったように2人同時に吹き出した。
その日から俺達は一緒にいることが多くなった。なんとなく、何も話さなくても、何をしなくてもそこに居ていいようなそんな空間で。それが俺にとっても、きっとあいつにとっても心地良かった。
でもその空間すらも俺は、壊してしまった─

また一緒になんていられるわけがない。
俺を呼ぶ声が聞こえるが出来るだけ早くその場を離れるためにあいつの、智明(ちあき)の方を振り返ること無くホームへと向かった。

…のだが。俺はすっかり失念していた。中学が同じでこの大学に通っているくらいだ。ホームが同じなんて簡単に想像できる。横に並んだ智明は俺にまた話しかける。
「なあ、裕貴。僕お前と過ごせたの楽しかったんだよ。それに僕、あの日の事後悔してないから」
そう言った智明の声は記憶にあるよりも力強い、しっかりしたもので驚く。
詳しくは言わないが智明がいつのことを言っているのかはすぐにわかる。でも、きっと俺じゃなければもっと上手くいっただろう。正直あいつの自由をぶっ壊した身としてはその言葉は信じられなかった。だがつい勢いに押された俺は連絡先を交換する。それに少し、考えてしまったのだ。また、仲良くなれるんじゃないかと、一緒に居られるんじゃないかと。
「じゃあ、またね」
結局同じ電車に乗って、俺の降りる1つ前で降りていったあいつは電車内では何一つ会話をしなかった俺に満足そうな顔でそう言った。

電車をおり駅を出ると雨はもう止んでいた。こんな短い時間ならどこかで時間を潰しても良かったかも、と思ったが諦めて帰路に着く。俺がまた一緒にいる資格などないとわかっているのに、また智明と話せたこと、仲良くなりたいとそう言ってくれた事に心が跳ねる。久しぶりに感じた嬉しいという感覚、浮ついた気分に自分を落ち着けようとするも、落ち着ききることはなく少し軽い足取りで家への帰り道を進んだ。