「おーい!こっちこっちー」
久しぶりに訪れた実家の最寄り駅。同じ県内でそんなに特別遠い大学に通っている訳でも無いが最近ではほとんど来ていない駅だった。
懐かしさに浸りながら歩いているとよく待ち合せに使われるモニュメントのところにいる智明が声を上げる。
返事をし近ずいて行く。中3の時、先に着いていたのは俺の方で、お互い塾に行くふりをして出てきたその格好で塾をサボった優越感と緊張を胸に電車へ乗り込んだのを思い出した。
あの時、罪悪感を持っていたのは智明で、ただただ楽しみだったのは俺だった。今、待ち合わせ場所に先に着いてたのは智明で、罪悪感に潰されかけてるのは俺で、いかにも楽しみといった顔をした智明が居る。
昔との同じほとんど変わらない場所なのに真逆なこの状況に思わず自嘲的な笑いが零れる。
智明が何がしたいのかは分からないがいっそ楽しもう、なんて割り切って改札を通り電車に乗り込んだ。
「これわざわざこの駅待ち合わせにする必要あったのか?」
提案されてからずっと思っていた疑問を口に出す。俺達のそれぞれの最寄りの方が都心部に近く、目的地の砂浜にも近いのだ。
「だってさ、やり直しで、上書きだよ?どうせなら同じルートで行きたいじゃん」
そんな事を言ってのけた智明は満足そうな顔で外を眺めている。
それを眺めつつ昔も似たような事をしていたとふと思う
ばれないかと不安になっていた智明に無責任に大丈夫だと言った俺に智明は笑ったあと面白そうに窓の外を眺めていた。
そんな昔のことを思い出しながら電車に揺られていると乗り換え予定の駅に着く。
そのまま乗り換えホームに行こうとすると智明に止められる。
「ねえ、覚えてる?途中この駅で寄り道してさ、クレープとか色々食べたよね」
そんなふうに言う智明に懐かしい事を思い出す。今となっては行きなれた駅だが中3の俺にとっては中々来ることのできない都心部で、ついはしゃいで寄り道をした。そしてクレープやポテト、色々なものを食べ、ゲームセンターにも少しだけよった。
ほとんどが俺が勝手に引っ張っていっただけだったがそうやってはしゃいで、楽しんだ事も忘れてしまっていたことを思い出した。
まるで昔のことをなぞる様に改札を出てクレープやポテト、それに加え新しく入ったお店もよって食べ歩き、久しぶりにユーフォーキャッチャーに2人して白熱した。
約2時間、しっかり堪能した俺達は駅へと向かう。
今日はとても懐かしいことを思い出す。もう忘れてしまっていると思っていた楽しかった記憶と、あの時は大冒険だと思っていた、都心部のこの駅や海辺までの距離への感覚や金銭感覚が変わっていることに気づき複雑な気持ちになる。
考え事をしながら電車に揺られているとあっという間に終点に着く。もう他県に入っているというのだから不思議だ。昔は他県と言うととっても遠くなイメージで、この駅に着いた時点でもう捕まらないとそう思っていた。
本当は、そんな都合のいい事起こりはしないのだが。

海の方へと向かうローカル線を待つホームは人気がほとんどなく、そこにベンチと自販機が1台、置いてあるだけだった。ここから先が、運命の分かれ道だったというのに。そんなことを思いつつもベンチに座り次の電車が来るのを待っていると急に首に冷たいものが当たる。
びびって後ろを振り向くとペットボトルの水を持った智明がイタズラ成功といったような顔で笑っている。
その顔に思い出したのは今よりも愚かで、まっすぐだった中3の頃。同じようにここの場所で電車を待っていた時、先にペットボトルをかった俺が飲もうとして口をつけた瞬間、智明は今と同じように首筋に買ったばかりのペットボトルを当てた。俺は冷たさにビビりペットボトルを握りしめ、思いっきり体にかかってびちゃびちゃになった。仕返しというかのように水をかけ、隙があればペットボトルを首筋に当てようとよく分からない事をやっていた。
本当にしょうもないものかもしれない。けれどそれがとても楽しかったのだ。そんなことを思い出しながら6年ぶりにそれをやられた俺は黄昏た気分を振り払い智明を追いかけた。

最後の乗り換え電車、運命のあの電車に今俺は揺られている。駅のホームで年甲斐もなくはしゃいでTシャツなんかはかなり濡れたがさすがは夏と言うべきかもうしっかりと乾いていて、ただひたすらに疲れ、それでも笑いが止まらなかった。
少し落ち着いて周りを見渡すと、乗り込んだ電車にあのころの、未だに夢に見るあのシーンへと繋がるものを思い出す。
今の俺達と同じように、今以上に濡れた髪やTシャツのまま乗り込んだローカル線は俺達以外の客はいなかった。はしゃいで笑いあっていたその時、智明の電話がなったのだ。
その画面を見た智明はの表情は一気に固くなり恐怖に塗りつぶされていく。何が起こったのか分からないうちに俺に断りを入れて電話に出た智明の様子がどんどんと悪くなっている。最後に聞こえた女性らしき高音の叫び声を聞かぬ振りをして智明に今の相手を尋ねる。すると智明ら泣きそうな顔で母親からだと伝えてきた。どうしよう、なぜか場所もバレてた。次の駅で降りて待ってろって。どうしよう?
まるで縋るようにそう聞いてきた智明の顔は忘れにはどうにも必死すぎて。俺もびびっていたのか異常なまでに馬鹿な動きしかしていなかった。
なあ、なんで場所バレてるか、心当たりあったりするか?
そう聞かれ考えた智明は答える。
「もしかしたら、スマホかも。GPS機能」
とりあえずオフにしてみてなんて1ミリも解決にならないような事を言ってみる。だがそれすらも制限がかかっててできなくて。
俺も焦ってビビっていたのだと思う。バレてもまさか場所まで知られ、迎えに来られるとは思っていなかった。俺は智明に聞いた。
「なあ、どうしたい?」
もうすぐで駅に着くとアナウンスが入る。決めるなら今だろう。考えた末に智明が呟く。
「海、見に行くってダメかな?」
その一言で動きは決まった。数分後に降りる約束の駅に着いたが俺達が降りることはなかった。約束を破ってしまったこと、きっとバレる恐怖感、色々なものが混じり合い、2人ともハイになっていた。おかしなテンションで笑い合い、そんななかひっきりなしになる携帯の電源を智明は落とした。
驚いたように見つめる俺にイタズラが成功したような顔をしてうるさかったからと、そう言う。
そうやっておかしな空気に飲まれて笑いあっていると目的地である終点に着いた。ここからバスで少し行けば目的地に着く。そんなタイミング、笑いあったそのままに電車を降りた。その時だった。
「ちあき!」
女の人が叫ぶ声が聞こえる。声の方向を見ると授業参観の時に見かけた事のある女性が怒って立っていた。どうしてこの場所がバレたのか。状況は把握しきれてなかったがこっちへ来ようとしたその人を見て俺は反射的に智明の手を掴んで逃げようとした。
後ろ側を見るが行き止まりで進めない。強行突破しようと勢いをつけて走るが智明の片手が女性に掴まれる。裕貴の方を見た智明の母親は
「あなたが智明を誑かしたの?智明は貴方とは違うのよ。そんな事で将来を潰さないでちょうだい。これが分かったらもう智明とは関わらないで!」
そう叫ぶように、冷たく言い放つ。
「違っ、裕貴はそんなやつじゃ!」
そう反論しようとする智明に母親は、
「あなたがこんな馬鹿げた事考えるわけないじゃない。そうよね?あの子に唆されただけでしょう?ねえ?」
「心配したんだから。もうこんなことはしないでちょうだい。さ、塾に行くわよ。ああそう、今日の振替はやって貰えることになったから。安心してちょうだい」
まるで的外れな言葉をかけ智明を車へと押し込む
「おい、智明!」反射的に声をかけるも、智明の顔を見てもうどうにもならないことを悟る。
「また、な。」
そう一言だけ弱々しく智明に言う。
裕貴を睨みつけるようにして運転席に乗り込んだ母親と智明を乗せ走り去っていく車。
1人残された裕貴は海に行く気分にもなれず、さっきまで2人で辿った道を1人帰って行った。
その後母親が塾に頼んだのか、席か離され智明は別の塾まで詰め込まれ忙しそうにしていて、俺と話すことはなかった。
俺のせいで、智明はこんな事になった。やっぱり俺じゃあどうにもならなかったんだ。
今でもそう、後悔しているその内容は夢で見ているせいもあってかとても明確に、はっきりと思い出せてしまって。
段々と電話のかかってきたあの駅が近ずいてくる。また、智明を助けられないかもしれない。今と昔は違うとわかっていてもどうにも不安が拭えない。
ぐるぐると脳内を回る自己嫌悪に溺れかけた時昔、と智明が声をかける。
「昔さ、ここら辺で電話鳴ったじゃん。不安なのかもしれないけどさ、今はもう大丈夫だよ。母親とももうお互いに和解してるし、もう自由に動けるんだ。」「それにさあの夏の旅はあそこで終わっちゃったけど、今日みたいに友達と、裕貴と遊んで、食べ歩きして、水掛け合ってはしゃいで、大人に抵抗して。全部初めてだった。俺さ、ほんとに裕貴には感謝してるんだ。」
まるで 命の恩人かとでもいうようにありがたいと言った声色で話す智明に困惑する。
「本当に?俺のせいで、親もっと厳しくなってたのに…?俺が苦しめてたのに…」
今日はもう色々キャパオーバーだ。思ったことが全て口から溢れ出していく。
「そんなことないよ。お前と話した日々、すごい楽しかったんだけど?それに、さっきも言ったけど親とももう折り合いついてるし、お互い和解したから」
「裕貴も、そんな前の事もう気にしないで大丈夫だ。俺は、お前と出会えて、あの夏があって本当に幸せだったんだからさ」
「確かにあの後大変だったけど、どうせ勉強スケジュールはああなってただろうし。裕貴と過ごした時間のおかげで、今の僕ができてるんだ。それを否定しないで欲しいな」
優しい声でそう言う智明に自分の中にあった罪悪感がじんわりと溶けて行くのを感じる。
ずっと、俺のせいで智明は不幸になったと、そう思っていた。でもそれは俺の思い込みで、智明はとっくに前に進んでいたんだ。