今日は透にぃの卒業式の日。式が終わったあと、透にぃを呼んで思い出の河原まで2人で歩く。
「どうしても渡したい物があったんだ」
ポケットからカッターを取り出して、自分の学ランの第二ボタンを切り取る。
「卒業式で第二ボタン渡すのって、心臓に一番近いからなんだって。だから、透にぃにもらってほしいんだ。俺の心臓が今動いてるのは、透にぃのおかげだから」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。透にぃといるとドキドキしっぱなしだ。今日も明日も、透にぃが大好きだ。一生大好きだ。
緊張でボタンを渡す手が震えた。透にぃは受け取ってくれた。
「あのさ、俺、もう死にたいなんて言わないよ」
散々リストカットで使ったカッターも、最後の最後だけは本来の用途で使った。もうお役御免だ。
俺はカッターを思いっきり川に向かって投げ捨てた。もう、自分を傷つけたりしない。透にぃを傷つけたりしない。
ボチャン、と音がした。今日は川の流れが早い。一瞬水飛沫が小さく上がったけれど、何事もなかったかのように小さな刃を飲み込んでいく。それを合図に、深呼吸して、思いっきり叫んだ。
「俺は、透にぃが、好きだー!」
振られたって死んだりしないし、友達としても大好きだ。それでも、もしも一つだけ願いが叶うなら大好きな透にぃの恋人になりたい。
そのために頑張ってきた。ちゃんと自分の足で立てるようになったら、透にぃに告白する。その日を透にぃは待ってると言ってくれたから。
「潤くんはさ、変わったよね」
透にぃが切り出す。俺はごくりと息を飲んだ。
「最初は今にも死んじゃいそうで気が気じゃなかったんだけど、だんだん笑ってくれるようになって、僕のこと見かけると手振ってくれるようになって、可愛いなって思ってた。男の子に可愛いなんて失礼だと思って言わなかったんだけどさ」
「いや、言ってよ! 好きな人に可愛いって言われたら嬉しいに決まってるじゃん」
「僕は可愛いって言われるのあんまり好きじゃないからさ。潤くんは僕よりよっぽど辛い思いしたのに、ちゃんと人の気持ちをまっすぐに受け取れるよね。それってすごいことだと思う」
可愛いと言われた後に、真剣に褒められて全身が熱くなる。たぶん今、耳まで真っ赤だ。
「あのまま逃げ続けることだって出来たのに、戦う道を選んで学校毎日来てたもんね。今日だって式の後に学校以外で会うこともできたのに、本当にがんばったね。勉強もがんばってたし、そうやって努力してる潤くんのこと、かっこいいなって思った」
透にぃはポケットに俺のボタンをしまい、代わりに裁縫用の小さなハサミを取り出した。
「第二ボタンって卒業生から在校生に渡すものじゃない?」
透にぃは俺に笑顔を向けると、自分の第二ボタンの糸を丁寧に切る。
「僕も潤くんに救われたんだ。だからね、世界で一番大切で大好きな潤くんにこれ渡したいんだ。受け取ってくれる?」
掌を広げると、第二ボタンが置かれる。ぎゅっと握りしめて、感触を確かめた。
「ねえ、大切って、大好きって、そういう意味だって思っていい?」
声が震える。涙が滲む。透にぃが大きく頷く。固まったままの俺の手に透にぃの手が重なった。
透にぃは俺のリストバンドをズラす。もうリストカットはやめたけれど、無数の傷痕が残った手首があらわになる。
「遠距離恋愛になっちゃうけど、僕たちはもうひとりじゃないよ」
透にぃは俺の傷だらけの手首にキスをした。
今までの人生が全部肯定されたような気がした。いじめられて苦しかった日々も、ひとりで泣いた夜も、いじめがなくなったあとも胸に深く刺さったままの棘も、きっと今日透にぃと結ばれるための痛みだった。大切な人の痛みを知って、2人で支えあって生きていくために。
「僕も初恋だから、かっこいいお兄さんではいられないかもしれないけどよろしくね」
その言葉がかっこよすぎて、たぶんこの人には一生叶わないんだなと思った。
「どうしても渡したい物があったんだ」
ポケットからカッターを取り出して、自分の学ランの第二ボタンを切り取る。
「卒業式で第二ボタン渡すのって、心臓に一番近いからなんだって。だから、透にぃにもらってほしいんだ。俺の心臓が今動いてるのは、透にぃのおかげだから」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。透にぃといるとドキドキしっぱなしだ。今日も明日も、透にぃが大好きだ。一生大好きだ。
緊張でボタンを渡す手が震えた。透にぃは受け取ってくれた。
「あのさ、俺、もう死にたいなんて言わないよ」
散々リストカットで使ったカッターも、最後の最後だけは本来の用途で使った。もうお役御免だ。
俺はカッターを思いっきり川に向かって投げ捨てた。もう、自分を傷つけたりしない。透にぃを傷つけたりしない。
ボチャン、と音がした。今日は川の流れが早い。一瞬水飛沫が小さく上がったけれど、何事もなかったかのように小さな刃を飲み込んでいく。それを合図に、深呼吸して、思いっきり叫んだ。
「俺は、透にぃが、好きだー!」
振られたって死んだりしないし、友達としても大好きだ。それでも、もしも一つだけ願いが叶うなら大好きな透にぃの恋人になりたい。
そのために頑張ってきた。ちゃんと自分の足で立てるようになったら、透にぃに告白する。その日を透にぃは待ってると言ってくれたから。
「潤くんはさ、変わったよね」
透にぃが切り出す。俺はごくりと息を飲んだ。
「最初は今にも死んじゃいそうで気が気じゃなかったんだけど、だんだん笑ってくれるようになって、僕のこと見かけると手振ってくれるようになって、可愛いなって思ってた。男の子に可愛いなんて失礼だと思って言わなかったんだけどさ」
「いや、言ってよ! 好きな人に可愛いって言われたら嬉しいに決まってるじゃん」
「僕は可愛いって言われるのあんまり好きじゃないからさ。潤くんは僕よりよっぽど辛い思いしたのに、ちゃんと人の気持ちをまっすぐに受け取れるよね。それってすごいことだと思う」
可愛いと言われた後に、真剣に褒められて全身が熱くなる。たぶん今、耳まで真っ赤だ。
「あのまま逃げ続けることだって出来たのに、戦う道を選んで学校毎日来てたもんね。今日だって式の後に学校以外で会うこともできたのに、本当にがんばったね。勉強もがんばってたし、そうやって努力してる潤くんのこと、かっこいいなって思った」
透にぃはポケットに俺のボタンをしまい、代わりに裁縫用の小さなハサミを取り出した。
「第二ボタンって卒業生から在校生に渡すものじゃない?」
透にぃは俺に笑顔を向けると、自分の第二ボタンの糸を丁寧に切る。
「僕も潤くんに救われたんだ。だからね、世界で一番大切で大好きな潤くんにこれ渡したいんだ。受け取ってくれる?」
掌を広げると、第二ボタンが置かれる。ぎゅっと握りしめて、感触を確かめた。
「ねえ、大切って、大好きって、そういう意味だって思っていい?」
声が震える。涙が滲む。透にぃが大きく頷く。固まったままの俺の手に透にぃの手が重なった。
透にぃは俺のリストバンドをズラす。もうリストカットはやめたけれど、無数の傷痕が残った手首があらわになる。
「遠距離恋愛になっちゃうけど、僕たちはもうひとりじゃないよ」
透にぃは俺の傷だらけの手首にキスをした。
今までの人生が全部肯定されたような気がした。いじめられて苦しかった日々も、ひとりで泣いた夜も、いじめがなくなったあとも胸に深く刺さったままの棘も、きっと今日透にぃと結ばれるための痛みだった。大切な人の痛みを知って、2人で支えあって生きていくために。
「僕も初恋だから、かっこいいお兄さんではいられないかもしれないけどよろしくね」
その言葉がかっこよすぎて、たぶんこの人には一生叶わないんだなと思った。