日が昇り始める中、俺たちは来た道を歩いて戻り始めた。親が小さい子供の手をつなぐように、透にぃは俺と手を繋いでくれる。もう恋人じゃないのに、俺が一人で歩けないから手を繋いでくれている。
 二人だけのネバーランドから、体だけ大人になった怪物たちに傷つけられる世界へ一歩一歩歩いていく。足取りはどんどん重くなって、永遠に明日が来なければいいのにと願ってしまう。
 川沿いに駅が見えた。ここから電車に乗れば、昼前に家に着く。なのに、足が動かない。自分で決めたことなのに、帰りたくない。
 明日の午後、大人たちと話をする。俺が学校を脱走して家出をしたところで、ただの非行だとしか思われない。でも、“学校始まって以来の優等生・神楽坂透”が関与しているとなれば話は別だった。早瀬よりずっと偉い先生がたくさん集まるらしい。透にぃが帰ると連絡したら、そう言う場がセッティングされた。
 そこでいじめを告発すれば、事態は好転するかもしれない。でも、うまく行くとは限らない。受けた傷痕の数々はもう思い出したくない。それに、家出したことを親に怒られるのが怖い。
「やっぱり怖い? 無理しなくてもいいよ」
 どこまでも優しい言葉をくれる。明日の朝ここを発てば、会議には間に合う。ギリギリまで一緒にいたい。そんな甘えが顔を出す。
「今日が終わるまで一緒にいてもらってもいい? そしたら、明日は頑張るから」
 結局本音が口をついてしまった。本当に情けない。対等な友達になりたいのに、夢のまた夢だ。
「うん、いいよ」

 夜が来た。昨日と同じ星空が広がっている。広い夜空の下、小さく身を寄せ合って晩御飯を食べた。一枚のブランケットを分け合って、河原に寝転ぶ。
 明日が来るのが怖くて眠れない。世界を取り戻すためには戦わないといけないのに、戦うのが怖い。このまま時間が止まってくれたらいいのに。でも、そんな願いはかなわないと知っている。絶対に存在しないから“ネバー”ランドなんだ。
 涙で星空が霞んだ。隣で寝ている透にぃを起こさないように、背中を向けて必死に嗚咽を殺した。
「眠れないの?」
 透にぃの声がした。
「ごめん、うるさくして」
「いいよ。僕も起きてたから」
 ちらりと透にぃの方を見ると、スマートフォンが点灯していた。
「潤くん、日付変わったよ。誕生日おめでとう」
 最後に誕生日を祝われたのはいつだっただろう。友達なんていないし、家族だって忙しくていつも当日は家にいなかった。こんなつらい毎日ならいっそ生まれて来なければ良かったと何度も思った。透にぃに出会って、生きていてもいいんだって思えた。
「ありがと」
 泣きながら声を絞り出した。生きる理由をくれたこの人がくれたものを取り戻すんだ。たとえ、どんなに傷ついたとしても戦うんだ。
「大丈夫、僕が守るから」
 俺のぐちゃぐちゃな感情を透にぃは全部分かってくれて、手を握ってくれる。この手を離したくない。透にぃのことが、一生好きだ。
「もしさ、俺が自分の足で1人で立てるようになったら、その時はもう1回好きだって言っていいかな」
「うん、待ってる」
 いつか、心の底から生まれてきてよかったと笑えるようになりたい。そうしたら、透にぃに誇れる自分になれる気がするから。