「なんだよっ、それ!」
俺は怒りに震えた。
「誰だって体触られたら嫌だろ。それに、死ぬって脅すなんて暴力と一緒じゃんか。透にぃは被害者だよ!」
どうして、そんなに簡単に友情を踏み躙れるんだ。ずっと友達がほしかった。俺が死ぬほど欲しかった親友という存在にどうしてそんなひどいことができるんだ。
「おかしいじゃん、そんなの」
感情がぐちゃぐちゃになって、透にぃの方が苦しいはずなのに俺が泣いていた。
「潤くんは優しいね。僕のために泣いてくれるんだね」
透にぃに頭を撫でられる。
「僕、潤くんのこと利用してたのに」
「え……?」
「勝手に掛川くんと重ねて、罪滅ぼしに利用した。潤くんがいじめられてるの見てさ、この子を助けたら、僕が掛川くんをいじめたことと相殺に出来るんじゃないかって。許されるんじゃないかって」
絶望の毎日の中、突如俺の目の前に現れた救いの手。知らなかった、あの日無敵のヒーローに見えた透にぃがそんな大きな傷を抱えていたことに。
「潤くんを助けるたびに、ありがとうとかかっこいいとか言われて気持ちよくなってた。潤君のためじゃなくて自分のためにやってた。潤くんが泣いてるのに、助けてって言われて、僕でも誰かの力になれるんだって思っちゃった。不謹慎だよね」
助けて、その言葉を最後に発したのは小学生の時だ。誰も助けてくれないことを知ったから。でも、透にぃは俺を助けてくれた。複数人を相手に、自分の危険も顧みずに助けてくれた。
世界の全部が敵だった。透にぃだけが味方だった。だから、透にぃになら利用されたって構わない。
「偽物の優しさで騙してごめんね。潤くんの気持ち踏み躙って傷つけて、最低だよね」
「踏み躙られてなんてない! 俺が傷ついたかどうか決めるのは俺なんだけど!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
「優しさに偽物も本物もあるわけないだろ! 透にぃが俺のこと傷つけたって百回言うなら、俺は透にぃに救われたって一万回言うからな!」
泣きじゃくりながら、「透にぃは悪くない」と叫び続けた。
「潤くん、ありがとね」
透にぃに抱きしめられ、頭を撫でられる。
「潤くんは優しいね。僕、潤くんと友達になれてよかった」
あれ、俺たち恋人になったよな、と不謹慎にも違和感を覚える。そういえば、まだ透にぃから好きだとも言われていない。
――恋人になったら、死なないでくれる?
告白の返事を思い出す。不安になってつい確認してしまった。
「透にぃは俺が好きだから付き合ってくれたの? それとも断ったら俺が死ぬと思ったから?」
お願い。「好きだ」って言って。透にぃは露骨に目を逸らした。
「潤くんは僕の大切な友達だから、だから……」
その先を言い淀んでいた。その表情がすべてを物語っていた。世界が崩れる音がした。俺はあれほど軽蔑した掛川と全く同じことをしていたんだ。
「透にぃ、ごめんなさい」
君のおかげで生きたいと思えた、なんて裏を返せば、君に嫌われたら死にますと捉えられてもおかしくない。ズタズタの手首を露わにして、来世なんて言葉で死をちらつかせて告白した。本当にそんなつもりはなかったけれど、透にぃは俺を死なせないために告白を受け入れてくれた。あんな告白、暴力と同じだ。
「気持ち悪いことしてごめんなさい」
抱きついた。手を繋いだ。男のくせに彼女面をした。恋を恐れる透にぃを、身勝手な恋心を抱く俺と二人きりの地獄に閉じ込めようとした。
「無神経なことしてごめんなさい」
身長にコンプレックスがある透にぃの前で成長痛の自慢話をした。透にぃのトラウマを抉るようにリストカットを繰り返して、死にたいと言った。
「いっぱい傷つけてごめんなさい」
知らなかった。人を傷つけた罪悪感がこんなに痛いなんて。園崎たちは楽しそうに俺を傷つけていたから。園崎に殴られるよりずっと痛い。
涙が止まらない。透にぃはこんな痛みをずっと抱えていたんだ。俺はその傷口に塩を塗るどころか塩酸をかけるようなひどいことをした。
今更何をしたところで傷つけた事実は消えないけれど、傷つけ続けていい理由にはならない。今、俺に出来る唯一の贖罪をするしかない。
「透にぃ」
必死で声を絞り出す。嫌だ、言いたくない。でも、言わないといけない。透にぃを解放してあげないといけない。すごく小さな声でだけれど、なんとか口にした。
「別れよ」
さよなら、俺の初恋。ほんのわずかな時間だけだったけれど、幸せだった。大好きだった。繋いだ手を離したくなかった。透にぃと永遠になりたかった。
「告白、撤回させて」
全部なかったことにしないといけない。透にぃの未来に影を落としちゃいけない。泣くな。泣いたら透にぃをまた傷つけてしまう。なのに、涙が止まらない。
「嫌じゃなかったよ」
ボロボロと泣く俺の頬を透にぃの両手が包む。
「嫌だったか決めるのは僕だよ」
透にぃがまっすぐに俺を見つめている。
「潤くんは、僕を大人の男として好きになってくれたんだよね。嬉しかったよ」
透にぃに微笑みかけられた。
「それに僕のために本気で怒って、本気で泣いてくれた。潤くんが『透にぃは悪くない』って言い続けてくれたから、恋愛って怖い物じゃないって思えたんだ。恋はまだ分からないけど、いつか恋を知りたいって思えたんだ」
透にぃは俺の髪を優しく撫でる。
「潤くんのおかげだよ。ありがとう。潤くんが僕の心を救ってくれたみたいに、僕もこれからも潤くんのこと守りたいんだよ。友達として、大好きだから」
遠回しに振られてしまったけれど、不思議と悲しくはなかった。ずっと一人ぼっちだった俺を「大切な友達」と言ってくれた人がいる。それで充分じゃないか。
「うん、俺、透にぃのこと、友達としても大好き」
夜が明けようとしていた。過去を乗り越えた透にぃは今までよりもっとかっこよくて、ずっと大人の顔つきに見えた。
透にぃは、大人になることを選んだ。体の成長を望み、傷痕と向き合うことを選んだ。ならば、俺は。
「透にぃ、帰ろう」
明日、14歳になる。明日から数か月、透にぃと同い年だ。俺も透にぃみたいに強くなりたい。恋人になれなくても、せめて対等な友達になりたい。
「俺も大人になりたい」
だから、ネバーランドを飛び立つ。自信をもって「俺は透にぃの友達だ」と言える自分になるために。
俺は怒りに震えた。
「誰だって体触られたら嫌だろ。それに、死ぬって脅すなんて暴力と一緒じゃんか。透にぃは被害者だよ!」
どうして、そんなに簡単に友情を踏み躙れるんだ。ずっと友達がほしかった。俺が死ぬほど欲しかった親友という存在にどうしてそんなひどいことができるんだ。
「おかしいじゃん、そんなの」
感情がぐちゃぐちゃになって、透にぃの方が苦しいはずなのに俺が泣いていた。
「潤くんは優しいね。僕のために泣いてくれるんだね」
透にぃに頭を撫でられる。
「僕、潤くんのこと利用してたのに」
「え……?」
「勝手に掛川くんと重ねて、罪滅ぼしに利用した。潤くんがいじめられてるの見てさ、この子を助けたら、僕が掛川くんをいじめたことと相殺に出来るんじゃないかって。許されるんじゃないかって」
絶望の毎日の中、突如俺の目の前に現れた救いの手。知らなかった、あの日無敵のヒーローに見えた透にぃがそんな大きな傷を抱えていたことに。
「潤くんを助けるたびに、ありがとうとかかっこいいとか言われて気持ちよくなってた。潤君のためじゃなくて自分のためにやってた。潤くんが泣いてるのに、助けてって言われて、僕でも誰かの力になれるんだって思っちゃった。不謹慎だよね」
助けて、その言葉を最後に発したのは小学生の時だ。誰も助けてくれないことを知ったから。でも、透にぃは俺を助けてくれた。複数人を相手に、自分の危険も顧みずに助けてくれた。
世界の全部が敵だった。透にぃだけが味方だった。だから、透にぃになら利用されたって構わない。
「偽物の優しさで騙してごめんね。潤くんの気持ち踏み躙って傷つけて、最低だよね」
「踏み躙られてなんてない! 俺が傷ついたかどうか決めるのは俺なんだけど!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
「優しさに偽物も本物もあるわけないだろ! 透にぃが俺のこと傷つけたって百回言うなら、俺は透にぃに救われたって一万回言うからな!」
泣きじゃくりながら、「透にぃは悪くない」と叫び続けた。
「潤くん、ありがとね」
透にぃに抱きしめられ、頭を撫でられる。
「潤くんは優しいね。僕、潤くんと友達になれてよかった」
あれ、俺たち恋人になったよな、と不謹慎にも違和感を覚える。そういえば、まだ透にぃから好きだとも言われていない。
――恋人になったら、死なないでくれる?
告白の返事を思い出す。不安になってつい確認してしまった。
「透にぃは俺が好きだから付き合ってくれたの? それとも断ったら俺が死ぬと思ったから?」
お願い。「好きだ」って言って。透にぃは露骨に目を逸らした。
「潤くんは僕の大切な友達だから、だから……」
その先を言い淀んでいた。その表情がすべてを物語っていた。世界が崩れる音がした。俺はあれほど軽蔑した掛川と全く同じことをしていたんだ。
「透にぃ、ごめんなさい」
君のおかげで生きたいと思えた、なんて裏を返せば、君に嫌われたら死にますと捉えられてもおかしくない。ズタズタの手首を露わにして、来世なんて言葉で死をちらつかせて告白した。本当にそんなつもりはなかったけれど、透にぃは俺を死なせないために告白を受け入れてくれた。あんな告白、暴力と同じだ。
「気持ち悪いことしてごめんなさい」
抱きついた。手を繋いだ。男のくせに彼女面をした。恋を恐れる透にぃを、身勝手な恋心を抱く俺と二人きりの地獄に閉じ込めようとした。
「無神経なことしてごめんなさい」
身長にコンプレックスがある透にぃの前で成長痛の自慢話をした。透にぃのトラウマを抉るようにリストカットを繰り返して、死にたいと言った。
「いっぱい傷つけてごめんなさい」
知らなかった。人を傷つけた罪悪感がこんなに痛いなんて。園崎たちは楽しそうに俺を傷つけていたから。園崎に殴られるよりずっと痛い。
涙が止まらない。透にぃはこんな痛みをずっと抱えていたんだ。俺はその傷口に塩を塗るどころか塩酸をかけるようなひどいことをした。
今更何をしたところで傷つけた事実は消えないけれど、傷つけ続けていい理由にはならない。今、俺に出来る唯一の贖罪をするしかない。
「透にぃ」
必死で声を絞り出す。嫌だ、言いたくない。でも、言わないといけない。透にぃを解放してあげないといけない。すごく小さな声でだけれど、なんとか口にした。
「別れよ」
さよなら、俺の初恋。ほんのわずかな時間だけだったけれど、幸せだった。大好きだった。繋いだ手を離したくなかった。透にぃと永遠になりたかった。
「告白、撤回させて」
全部なかったことにしないといけない。透にぃの未来に影を落としちゃいけない。泣くな。泣いたら透にぃをまた傷つけてしまう。なのに、涙が止まらない。
「嫌じゃなかったよ」
ボロボロと泣く俺の頬を透にぃの両手が包む。
「嫌だったか決めるのは僕だよ」
透にぃがまっすぐに俺を見つめている。
「潤くんは、僕を大人の男として好きになってくれたんだよね。嬉しかったよ」
透にぃに微笑みかけられた。
「それに僕のために本気で怒って、本気で泣いてくれた。潤くんが『透にぃは悪くない』って言い続けてくれたから、恋愛って怖い物じゃないって思えたんだ。恋はまだ分からないけど、いつか恋を知りたいって思えたんだ」
透にぃは俺の髪を優しく撫でる。
「潤くんのおかげだよ。ありがとう。潤くんが僕の心を救ってくれたみたいに、僕もこれからも潤くんのこと守りたいんだよ。友達として、大好きだから」
遠回しに振られてしまったけれど、不思議と悲しくはなかった。ずっと一人ぼっちだった俺を「大切な友達」と言ってくれた人がいる。それで充分じゃないか。
「うん、俺、透にぃのこと、友達としても大好き」
夜が明けようとしていた。過去を乗り越えた透にぃは今までよりもっとかっこよくて、ずっと大人の顔つきに見えた。
透にぃは、大人になることを選んだ。体の成長を望み、傷痕と向き合うことを選んだ。ならば、俺は。
「透にぃ、帰ろう」
明日、14歳になる。明日から数か月、透にぃと同い年だ。俺も透にぃみたいに強くなりたい。恋人になれなくても、せめて対等な友達になりたい。
「俺も大人になりたい」
だから、ネバーランドを飛び立つ。自信をもって「俺は透にぃの友達だ」と言える自分になるために。