期待しちゃいけない。昨日より今日は悪い日で、明日は今日より悪い日に決まっている。中学に上がれば何か変わるんじゃないかと期待したけれど、狭い田舎町で小学校とメンバーが全く同じなのだから中学デビューで世界が変わるはずもない。
「痛っ……」
 園崎たちに殴られて倒れ込んだまま、じっと地面を見ていた。休み時間、あと何分だっけ。早く終われ。どうせ誰も助けてくれないから、体育館裏の砂利にまみれた地面を見ながらひたすらチャイムを待った。

「先生、こっちで人が揉めてます!」
 高い声がした。誰かが走ってくる。
「やっべ、逃げるぞ」
「チクったら殺すからな」
 園崎たちは俺に釘をさすと一目散に逃げて行った。

「大丈夫?」
 綺麗な子がしゃがんで俺を見下ろしている。この子が先生を呼んでくれたらしい。ぶかぶかのジャージの胸元には神楽坂と書いてあった。
「あ、うん、ありがと」
 起き上がりながらお礼を言う。先生は誰が来たのか、“ハズレ”の先生じゃないかを確認するためにあたりを見回す。しかし、神楽坂以外誰もいない。
「先生来たっていうのはブラフ。ごめんね、それしか方法思いつかなくて。大丈夫? 立てる?」
 きょろきょろしている俺を見て、神楽坂は状況を説明する。先に立ち上がって手を差し伸べられた。俺は学ランの袖がまくれないように気を付けながらその手を取って立ち上がる。
「あ、ありがと」
 神楽坂は随分と頼もしく見えるのに、クラスで一番背が低い山下さんよりも背が低いことに立ち上がって初めて気づく。
「顔、怪我してる。保健室行こう」
 たぶん転んだ時に擦り剥いたのだろう。でも、次の授業は数学。担任でもある数学の早瀬は“ハズレ”だ。
「いい。遅くなると先生に怒られるから。次、早瀬先生で、俺、嫌われてて」
 小学校の時から先生は頼りにならなかった。中学に入ったら少しはまともになるかと期待したけれど、その逆だった。いじめを楽しむタイプの教師。わざと難しい問題を当てて笑いものにしたり、保健室に言って遅刻すると人格を否定する言葉を投げつけてきたりする。
「分かった。でも、洗うくらいした方がいいよ」
 神楽坂はゆっくりと俺の手を引いて体育館前の水道へ連れて行く。白いハンカチを濡らすと、頬の傷口を拭いてくれた。俺が目をつぶると神楽坂は慌てたような声を出した。
「ごめん! 痛かった?」
「あ、違くて。びっくりしただけ」
「砂、大体とれたと思うけど、自分でやった方がいいかも」
 ハンカチを手渡される。白いハンカチに血と砂の汚れがついて申し訳なかった。
「教室、どこ?」
「三組」
「じゃあ教室まで一緒に行くよ。足引き摺ってるし、肩貸す。それと次の休み時間に保健室行った方が良いと思うよ。お節介でごめんね」
 俺が足を捻ったことに気づいていて、神楽坂は気遣ってくれた。
「お節介じゃない。ありがと」