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 球技大会当日。
 爽やかな秋晴れの日だった。澄んだ空に心地よい風が吹き、1年中この気候だったらいいのに。と思わせてくれる。学校指定の男女ともに紺色の体操着を着て、口元にはマスクを装着。しっかり唇をガードする。

 邪な感情は一旦置いておく。球技大会に専念しようと決意した。

 準備万端。気合い十分。
 決意と共に気合いは十分だけど、友達が誰もいないので、もちろんその気合いに誰も気づいてはくれない。
 いつも通り、ポツンと1人で目の前で行われている競技に、心の中で声援を送る。
 
 それでも心は弾んでいた。今までの球技大会は遠くから見ているだけか、保健室で寝ているだけだった。今年は違う。鬼の子の私も参加できるので、少しでもクラスの役に立とうと、心の中で再び気合を入れた。

 
 球技大会に参加出来るようになったのは、綱くんのおかけだ。バスケの試合が始まる前に、お礼を直接伝えたかった。球技大会で浮き立つ生徒が溢れかえる中、キョロキョロと辺りを見回して、姿を探していた。
 今日は朝から綱くんの姿を見ていない。

 球技大会、乗り気じゃなさそうだったし、休んだのかな。
 バスケの練習付き合ってくれて「ありがとう」って伝えたかったなあ。


「あ、いたいた。鬼王さん。もうすぐ、バスケの試合始まるから、こっちにきて」

 遠くから手招きをしているのは、クラスメイトの女子だった。

 種目決め以降、嫌がらせも悪口を言われることもなくなったが、クラスメイトと打ち解けたわけではない。緊張で肩に力が入る。
 
「私にきたボールは、バンバン鬼王さんに渡すから。ボール奪われたら、敵チームにディフェンスしてもいいよ? 面白そう」

 口を開けて笑った。意地悪に笑いながら話す彼女は、思ってたより子供っぽく見えて可愛らしかった。

「ディ、ディフェンスは……こ、怖がらせちゃうから――ダ、ダメだよ」

 盛大に噛んだ。悪口や中傷を言われ続けて心にトラウマを抱える私は、クラスメイトと話すのに緊張してしまって上手く喋れなくなる。
 
「ふふっ。冗談だよ」

 体育館に足を踏み入れると、沸き立つ歓声に飛び交う雑談の声、バスケットボールが弾む音、卓球台の上で跳ねる球の音。甲高いホイッスルの音。さまざまな音が入り混じり、活気に満ち溢れていた。
 体育館で行われる競技は、バスケットボールと卓球だ。自分のクラスの順番が近づいて来て、緊張感がどんどん高まる。

 ピ――。
「次の試合に出る生徒は準備してください」

 鳴り響くホイッスルの音と、準備を呼びかける係の人の声が響く。一気に緊張感が走る。
 人生初めての球技大会。試合が始まろうとしていた。


 
 球技大会はクラス対抗。試合の相手は3年C組。同じ3年生同士での試合だった。


「宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」

 試合開始のホイッスルと共に、互いに挨拶を交わして試合が始まる。


「C組頑張れ――」
「負けるな――」
「まずは、1点取ろう!」

 応援の声や歓声があちこちから飛び交っている。歓声と雑音が入り混じり、体育館は熱気に包まれていた。

 バスケコート内の生徒はピリついていて、緊張感が伝わってくる。試合が始まったのだと実感させられる。

 私は体育の授業も暗黙の了解で見学していた。
 すなわち、バスケはしたことがあっても、バスケの試合をした事は人生で一度もなかった。

 初めてのバスケの試合への不安。それに加えて、相手チームから突き刺さる悪意溢れる私への視線。私はその場の空気感に圧倒され、体が固まってしまった。
 予想以上の試合への歓声と、自分へ向けられる鋭い視線に、緊張は自分のキャパを超えていて爆発寸前だった。

「あれ、鬼の子だよね?」
「鬼の子試合出てんの?」
「相手チーム悲惨」

 それに加えて、他のクラスの生徒からの悪口が、止まることなく耳に届く。
 極度の緊張と、悪口が心を傷つけ、ドクドクと心臓の鼓動が早くなるのが分かった。


「殺人鬼がバスケ出てるぞ」
「棄権しろー」
「鬼の子出るな」
「鬼の子帰れ!」

 コート外では、他のクラスからブーイングの野次が飛ぶ。
 怖い。視線も悪口も心がズタズタと切り裂かられる。悪口を言われる事は慣れているはずなのに、いつもと違う雰囲気、大勢の人に注目されている視線。様々な要因が重なり、私は極度の緊張により手足が震え出した。立ち止まっている私をよそに、試合は進んでいく。

 緊張感が極限に達して、足に力が上手く入らない。
 私は作戦で言われていたゴールの下に行く事なく、試合が始まった時にいた場所から動けないでいた。

「鬼王さん! ゴールの下に行って!」
「鬼王さん!」

 私の名を呼ぶ声が飛び交う。チームメイトの声は私に届いていなかった。
 ドリブルの音が体育館に響き渡る中、私は暗闇に1人取り残されていた。

 鬼の子の私が球技大会なんて、参加してはだめだった。
 私は嫌われ者の鬼の子。みんながいる場所に立ってはいけない。
 どうしていいか分からなかった。完全にパニックを起こしている。
 ――誰か、助けて。


「花純!」
「花純! 花純なら大丈夫だ!」

 聞き覚えのある声が鼓膜に届いた。声のする方向に視線を送ると、息切れをして苦しそうにしている綱くんの姿があった。


「え、だいじょ……」
「今は自分の心配しろ! 前向け!」

 足を動かそうと意識すると、さっきまで動かなかった足に力が入った。自然に1歩踏み出していた。
 負けない。悪口や中傷なんかに負けない。
 両手でパチっと自分の頬を叩いた。弱い自分に渇を入れる。
 

 ゴール下の前に仁王立ちすると、綱くんの読み通りだった。敵チームは誰も一人と近づいて来ない。


「鬼の子が、ボール持ったら誰がディフェンスするの?」
「私、嫌だよ。死にたくない!」
「私だって、死にたくない!」

 敵チームはグチグチと不平不満をこぼす。その間もコート内でボールは動いていた。
「鬼王さん!」と声がすると共に、ボールが私目掛けて飛んできた。

 ボールを手の中に収めると、グッと力を入れた。
 ゴール下でボールを持っているのに、鬼の子を恐れて誰もボールを取りに来ない。
 周りはガラ空きのまま、シュートを放った。
 ガコン、というバスケットリングに当たる音と共にボールはネットの中に綺麗に落ちた。


「おおお――!」
「入った――!」

 シュートが成功したと同時に歓声が湧き上がる。コート外から応援しているクラスメイトもハイタッチをして喜んでいるのが見えた。


「入った……!」

 私も思わず声を上げて喜んだ。クラスメイトがきょとんとして私を見ていた。
 喜んだ自分が急に恥ずかしくなり、俯き加減に視線を逸らした。


「鬼王さん! ナイスっ!」
「この調子で行こう!」

 降ってきた言葉は、今まで浴びてきたことのない明るい言葉だった。チームメイトは優しい言葉を私に投げかけてくれた。嬉しさを隠しきれず口がムズムズする。まだ喜びを表現する勇気はなくて、無理に冷静を装った。本当は楽しくて仕方なかった。
 私はスポーツの楽しさを初めて知った。

 その後も、責められ点数を入れられ、ボールを運び攻め返す。しばらく互いに攻防が続いた。

 私も役に立てているようで、シュートを失敗することもあったが、なんとか点数を取っていく。

 そんな私達を横目に不満を漏らす他組の生徒達。背後から物凄い目つきで私を睨んでいるのだけれど、怖くてわざと気づかないふりをしている。

「先生! 鬼の子が試合に出てるなんて卑怯じゃないですか?」

 とうとう相手チームの不満が爆発したようだ。試合は一時中断された。文句を言われている先生も、困った様子で怒ってる生徒を宥なだめるように、ひたすら相槌をうっていた。

 私は相手チームの気持ちが不満になる気持ちも分かるので、どうしたらいいか分からずオロオロするしか出来ない。

「ご、ごめんなさい。私、出ない方がいいよね」
「当たり前でしょ。早く違う人と変わって!」

 私のせいで揉めているのを、見て見ぬふりは出来ず、言葉を伝える。相手チームの生徒に食い気味に強い口調で返された。

 やっぱり鬼の子の私は、出ない方がいいよね。
 文句を言う人の言う通りだ。


「なんで? 鬼王さんが引っ込む必要性ないから」

 落ち込み諦めかけていた、私の前に立って言い放ったのは、チームメイトだった。敵チームに負けず強い口調で言葉を発する。


「鬼の子なんていたら、近づけないし、ずるいでしょ!」
「はあ? そんなの、あんたらのクラスの都合じゃん? 別に鬼王さんにディフェンスしてボール取ればいいでしょ?それをしないのは、あんたらなんだから、うちらは悪くない!」

 彼女は敵チームにグイッと詰め寄るように、はっきりとした口調で言った。
 その気迫に相手はたじろいでいた。「ちっ」と小さい舌打ちをするとその場から離れていった。

「あ、あの、庇ってくれて、あり……ありがとう」
「チームメイトを庇うのは当たり前でしょ。ってかさー、私の名前知ってる?」
「一ノ瀬さ……ん」
「なんだ知ってたんだ。知らないと思った」


 誰かに庇われる経験が初めての私は、じんわりとあたたかいものが込み上げてきた。

 ホイッスルの合図と共に試合が再開された。
 試合が再開されると同時に、丸く収まったのだと思っていた。それは勘違いだとすぐ知ることになる。



 試合再開後、しばらくは何も問題なかった。
 相手チームはやけにアイコンタクトを取り合い、嫌な笑みを浮かべる。
 ドンッという音と、右肩に鈍い痛みが走る。痛みでしゃがみ込む。

 何が起きたのか直ぐには理解できなかった。
 コロコロと私の足元を転がるバスケットボールが視界に映り、ようやく状況を把握した。
 右肩の鈍い痛み、足元をコロコロと転がるボール。どうやら、ボールを肩にぶつけられたらしい。


「ごめんなさい。わざとじゃないの! ね?」

 猫撫で声で私を心配したふりをするのは、さっきまで文句を言っていた彼女だった。

「ちょっと! 今の絶対わざとでしょ? 鬼王さん、肩大丈夫?」
「……うん。ちょっと痛いくらい」

 一ノ瀬さんや、チームメイトが心配して駆け寄ってきてくれた。


「本当ごめんね? 手が滑っちゃって……」
「絶対わざとでしょ?!」

 ニヤリと口元を緩めながら話す彼女を、一ノ瀬さんは睨みつけながら詰め寄る。


「だ、大丈夫だから」

 今にも喧嘩が始まりそうだったので、ズキンと痛むのを我慢して平気なフリを装った。
 わざとじゃないかもしれない。真意は分からないけど、問題を大きくしたくなかった。
 
 きっと大丈夫。故意じゃない。事故だ。自分に言い聞かせて、淡い期待と共に試合は再開された。その期待はすぐに砕け散る。


「……いっ」

 試合が再開された数十秒には、またボールが右肩に当たった。今度はさっきより至近距離なので、痛みは何倍も強かった。敵のチームメイトは、痛がる私を見てニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

 これは、故意でぶつけられてる。
 そう認めざるを得なかった。

 直接的にぶつかる嫌がらせはしてこない。おそらく呪いを恐れて触れたくないのだろう。
 その代わり、何度も強い力が込められたボールが飛んできた。
 誰が見ようと明らかに違反なのに、審判は目線を逸らして知らないふりをする。それを見ている先生たちも知らんふりだ。理由は分かる。私が鬼の子だから。


 さすがの私も、こんなに何度もわざとボールをぶつけられて、お咎めなしは悔しい。
 でも、鬼の子の呪いがあるのに、試合に出た私が悪いのかも知れない。戸惑いと肩の痛みで、心と顔が俯いてしまう。


「鬼王さん、保健室で休む?」
「大丈夫?」

 バスケチームのみんなが心配してくれている。それだけで、心がジーンと温まっていくのが分かる。


「ありがとう……」


 何度もボールを投げつけられた方は痛みが次第に強くなってきている。正直痛みが強くて立っているのがやっとだ。身体のことを考えるなら、今すぐ棄権するべきだ。そう分かっているけど、このままでは悔しい。
 私は俯き、他のメンバーも戸惑っている様子で頭を抱えていた。
 そんな私たちに声が降りてくる。

 
「おい! 正々堂々とやれ!」
「スポーツマンシップに反するぞ!」
「鬼の子は棄権しなくていいから!」

 コート外からヤジが飛ぶ。フォローの言葉を投げかけてくれたのは、バスケを応援していたクラスメイトだった。その声援に答えるように俯いていた顔をあげて立ち上がる。


「スポーツマンシップに乗っとれー」
「気にすんな! シュート打て!」
「鬼の子、シュート上手いじゃん!」
「肩大丈夫か?」
「やり方が汚いぞ!」
「わざとボールぶつけるとけ、ださいぞ!」

 コート外のクラスメイトからだけだった声援は、次第に広がり、他のクラスの生徒も擁護の言葉を投げかけた。私に対して中傷の野次を飛ばしていた人達が、手のひらを返したように、今は声援を送ってくれている。

 どの種目よりも、注目の的となっている。向けられる視線も、試合が始まった時の何倍にも増えていた。
 でも、突き刺さる視線が嫌ではなかったのは初めてだ。
 今まで私に向けられてきた視線は、悪口や中傷を言われた時で、嫌な記憶しかなかった。

 そんな私が、今は応援されている。
 応援されて、嫌な気持ちになる訳がなかった。

 私が、応援されてる――。
 鬼の子の私が。

 心の底から喜びが込み上げてきてしまって、緩む表情を抑えるのに必死だった。嬉しくて笑ってしまうと同時に、涙が込み上げてきそうになる。泣かないように唇を噛んだ。

 さまざまな感情が喧嘩をして、私の顔は百面相のように表情が、コロコロ変わっていたと思う。


「私、このまま試合に出ていいかな?」
「肩は大丈夫?」
「うん、このままじゃ悔しいから、試合に出たい!」

 庇ってくれた一ノ瀬さん、コート外から味方してくれたクラスメイト、応援してくれた人たち。
 みんなの想いに応えたい。拳をぎゅっと握って、精一杯、今の自分の気持ちを声にした。


「よし。頑張ろう!」

 そんな私に優しい眼差しを向けて、頷くチームメイト。私は棄権する事なく、試合を続けることになった。

「頑張れ――」
「負けるな――」

 コート外も声援で湧き上がる。気づくと沢山の人が私のクラスに声援を送り応援してくれている。
 騒つく人だかりの中に、人一倍嬉しそうに笑っている綱くんの姿が目に映った。
 そんな姿を見て、私も一瞬で笑顔になる。

 ホイッスルの合図と共に試合が再開された。
 相変わらず私はノーガードで、手元が空いているので、ボールさえ渡ればこっちのものだった。

「ずるい」「卑怯」と言われたって、もう気にしてなんかやらない。
 確かにずるいかもしれないけど、わざとボールを当ててくるような卑怯な真似はしていない。

 ルール違反もしていない。
 正々堂々とシュートを打とう。

「鬼王さん!」

 一ノ瀬さんがドリブルで運んでくれたボールを、今度は私が点に繋げたい。
 投げられたボールをキャッチすると、ぐっと力を込めてゴール目掛けてシュートを打つ。

 綱くんとたくさん練習して、身につけた綺麗なフォーム。私の手から離れたボールは、ゴールに吸い込まれていくようにネットに落ちた。

「おお――」
「よしっ!」
「いいぞ!」

 見事にシュートが成功した。と同時に歓声が沸き起こる。歓声が大きなうねりとなって、空気が揺れ動く。聞こえてくる歓声の大きさに驚いて、辺りを見渡すと、試合を見ている人の人数が格段に増えていた。

 ピ――。
 試合終了の合図のホイッスルが鳴り響く。
 16対12でギリギリの点差で勝利を収めた。


「きゃあ――!」
「やったあ――!」

 試合に出ていた私たちだけに留まらず、試合を見ていたギャラリーも大いに盛り上がっている。彼方此方から歓声が沸き上がる。

 私は歓声の渦の中心にいる。こんなに応援してもらえて、たくさんの歓声を浴びるの初めてだ。いじめられっ子の鬼の子がヒーローになったみたいな錯覚に陥る。

 心に湧き上がるワクワクが収まらない。

「試合に出してくれてありがとう」

 興奮が冷め切らない私は、興奮して目が見開いていたと思う。そんな私を見てもみんなは、笑顔で迎えてくれた。

「お疲れ様!」
「鬼王さん、シュート上手かったね!」

 あたたかい言葉に迎えられて喜びを分かち合う。心が充実感で満たされる。

 興奮した気持ちを抑え込み、1番にお礼を伝えたい人を探した。この嬉しい気持ちを全部、全部伝えたい。コート外をキョロキョロと見回す。人が群がっている中から、ある人を探していた。


 みんなお揃いの運動着を着て、たくさんの人混みの中から、彼をすぐ見つけることが出来た。
 いつもの気だるげそうな雰囲気を身にまとう彼の姿を見つけた。途端に私は嬉しくなって、急いで駆け寄る。私が凄い勢いで走ってくるものだから「おぉ」と小さい声を出して驚いていた。


「綱くんありがとう! 綱くんのおかげで、初めて球技大会に出られたし、初めてバスケの試合が出来た。初めて同じクラスの人に笑って話しかけられて……。綱くんのおかげで今日だけで初めてのこと、たくさん経験出来たよ!」

 興奮して思わず早口でまくし立てる。そんな私を見て、目を見開いて驚いて、次の瞬間には目を細めて笑った。

「見てたよ。よく出来ました!」
 
 綱くんの大きな手で、私の頭をグシャっと撫でた。髪がボサボサに乱れる。髪が乱れても嫌な気持ちになんて一切ならずに、私のトキメキ数値が上がるのだった。

 乱れた髪を治しながら、綱くんに視線を戻すと、あまりにも綺麗な顔で笑っていて、直視出来ずに慌てて目を逸そらした。そんな私を見て彼はまた笑うのだった。

 笑い合っている私達に視線が集まっている事に、全然気づかずにいた。ヒソヒソ声が聞こえてきて周りに目線を送ると、私達を見ている人たちと視線が重なる。そこでようやく、たくさんの人から見られていた事に気が付いた。

「おいー」
「こんなところでイチャつくなよ!」

 球技大会というイベントで、みんなテンションがハイになっている。冷やかしの声があちこちから飛ぶ。冷やかしの声は笑い声も混じっているので、本気ではなく、からかいの冷やかしだと感じる。

「あー、めんどい。そういうの。花純、保健室行くぞ」

 眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をする。不機嫌だと言わんばかりに舌打ちもセットだ。
 綱くんは冷やかされたりするのを極端に嫌いそうだ。皆の前で話しかけるべきではなかったかもしれない。試合に勝った喜びで気持ちが昂り、独りよがりだったと自分を責めた。