カエルや虫の合唱が響く田んぼとか、一日何本かしか通らない不便な電車とか、見たこともないローカルな商店とか、年寄りばっかりの村民とか、少し寂れた空気感とか。
 そんな去年と代わり映えしない、限りなく見通しのいい大自然をたたえた景色の、田舎の村。

「退屈……」

 田舎のさらに外れの方、毎年夏休みになるとお父さんに連れられて遊びに行く、おばあちゃんの家。
 久しぶりに集まる大人たちは何かと積もる話があるようで、お父さんも昼間からお酒を片手に楽しそうに話をしていた。

 いつも見ているアニメはおばあちゃん家のテレビには映らないし、暇を見越して持ってきていたゲームは電池切れ。
 仕方なく充電する間すら、居間の方から大人たちの笑い声が響いてきて、僕はつまらない気持ちになる。

 あそこに混ざると、どうせ酔っぱらいに絡まれ子供扱いされるのだと、毎年の積み重ねで学んだ。
 僕はもう六年生なのに、皆口々に大きくなったと言いながら、変わらず幼稚園児のように扱うのだ。

 それでも、夏休みにどこにも行かず、休み明けの学校で惨めな思いをするよりは、おばあちゃんの家に行ったと言える方が幾分ましだった。
 毎年、休み明けの国語の授業では、夏休みの思い出の作文を書かされるのだ。

 行ったことが事実なら、内容自体は多少盛っても問題ない。毎年行き先が変わらない上思い出も何もないから、創作スキルだけが上がっていく。
 去年は見えもしなかった流れ星に感動したと、嘘を書いた。それは誰にもバレることはなかったし、先生からは花丸をもらった。

「今年は見れるかな、流れ星。……まあ、見れてももう作文のネタには出来ないけど」

 どこにも行かないよりましとはいえ、何もなくて閉鎖的な田舎はとにかくつまらなくて、僕はこっそりおばあちゃんの家を出て、建物の裏手にある森の奥へと向かうことにした。

 今までずっと気にはなっていたものの、危ないから入っちゃダメと言われていたのだ。

 でも、もう高学年。来年には中学生だ。きっと少しくらい、大丈夫。探検していれば、少しは時間も潰れるはずだ。

「よし、いってきます」

 僕はこっそり玄関先で呟いて、家を出る。幸い誰かに見咎められることはなかった。

 家のすぐ裏の森は、そこまで広そうには見えない。夕飯までに帰ってこられるよう、入ってすぐの辺りを探索したら戻ってこよう。
 そう思いながら、僕は昼間にも関わらず薄暗い、新緑の生い茂る森に足を踏み入れた。


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 森の中に入ってしまうと、思いの外暗いという印象はなく、木々の間から差し込む木漏れ日がキラキラとして綺麗だった。
 時折鳥の声が響いているけれど、その姿は見付けられない。足元にはたまに、小さな花が咲いている。
 飽き飽きしていたはずの田舎の大自然だったけれど、こういう光景なら歓迎だ。

「絵日記のノート、持ってくれば良かったかな」

 外の焦がすような炎天下とは異なり日陰は涼しく、歩くのも苦にならなかった。
 僕はしばらく歩き回り、けれどどこまで行ってもあまり変わらない景色に、段々と退屈してきた。

 そして、どれくらい歩いただろう。不意に、奥の方から水の気配がした。池や川、海辺で感じるような、ひんやりしっとりとした、水っぽい匂いというか、独特のあの感覚だ。

 僕は別の景色を求め、ふらふらとその気配に向かって歩く。そして、やがて拓けた場所に出て、その中心には予想通りの水。綺麗な湖があった。

 風に揺れる水面は、空を映したような深い青がキラキラ光る。
 鳥の囀りが響いて、今まで見掛けなかったその姿を無防備に晒した鳥たちは、ほとりでその澄んだ水を飲んでいた。

 その光景に、僕はつい足を止める。こんな綺麗な場所があるなんて、知らなかった。

 うっとりと見惚れていると、鳥たちはやがて飛び立っていく。その姿を目で追いかけると、ふと、木陰になった場所に、物置みたいに小さな、木造の小屋がぽつんとあるのを見付けた。

 僕は建物に近付き、様子を伺う。木で出来た扉や壁は所々傷んでいるし、金具も錆び付いている。どうやら古い建物のようだ。

 耳を澄ませてみるけれど、物音はしないし、人の気配もない。こんな森の奥だ、ずいぶん前に捨てられた別荘か何かなのだろうか。

「……もったいない」

 そうだ。ここを秘密基地にしよう。そうすればこの光景を独り占め出来るし、おばあちゃんの家に帰るよりよっぽどいい。

 廃墟の有効活用だ、エコ活動だ。そう自分に言い訳をして、僕は早速、ドアノブに手を掛ける。
 軽く引くと、鍵はかかっていないらしくギィッと鈍く音を立てて、扉は難なく開いた。

「お邪魔します……」
「やあ、いらっしゃい」
「うわあ!?」

 足を踏み入れ、念のため呟いた言葉に返事があって、僕は飛び上がった。
 人様の家を勝手に開けて入るなんて、そりゃあ田舎ではよくあるけれど、さすがに知らない人の家にこれはまずいだろう。
 声の主を確かめるより先に、僕は慌てて綺麗な九十度のお辞儀をする。

「ご、ごめんなさい! 僕、誰か居るとは思わなくて……その、泥棒とかじゃないです!」

 堂々と家に入っておいてそんな言い訳通用するはずない。そう思うけれど、僕は必死に謝った。

「あはは、泥棒さんでも構わないよ。盗むものも、たいしてないけどね」
「え……あれ、子供……?」

 その少し高い声に、僕は改めて顔を上げる。部屋の端に吊るされたハンモックに優雅に寝転び、本を片手に寛ぐようにそこに居たのは、僕より少し年上に見えるけれど、まだ子供だった。

「おや、キミだって子供だろうに」
「そ、それはそうだけど……」

 田舎の子には珍しい、白いシャツなんて汚れやすそうな服と、シンプルな黒いズボン。シャツと同じく白い日焼けのない肌と、黒くてさらさらの髪。白と黒のコントラストが、オセロやチェスのようだ。

 そこの湖の精霊だとでも言われたらうっかり信じてしまいそうになる、綺麗で繊細そうな雰囲気の少年。

「えっと……ここは……」

 少し落ち着いた僕は、小屋の中に改めて視線を巡らせた。
 そこは外観の雰囲気とは違って小綺麗にされていて、アンティークとでもいうのか、古びた地球儀やランタンなんてお洒落なインテリアがあって、これまたお父さんやおじいちゃん世代の古そうな漫画や小説が無造作に積み重ねられている。

 ハンモックの他にベッドはなくて、床には少し錆び付いたミニカーや、スーパーボールなんかの、夏祭りや駄菓子屋にあるようなおもちゃが無造作に転がっていた。

 それらを見て気づく、おそらく彼は、家主というよりは先客だ。いわばこの場所に『秘密基地』として目を付けた同士だった。
 半ば確信めいていながらも、僕は問い掛ける。

「ここは、きみの秘密基地なの?」
「秘密基地……うん、そう。わくわくする響きだよね」
「そっか、素敵な秘密基地だね。勝手にお邪魔してごめんなさい」
「構わないよ。ねえ、キミも気に入ったなら、一緒に使う?」
「……えっ、いいの!?」
「もちろん。この村は子供が少ないから、一緒に遊んでくれるなら大歓迎」

 そう言ってハンモックから降りて、微笑み片手を差し出してくる少年に、僕は嬉しくなって両手で握手を返す。

「僕、深森夏夜! すぐそこのおばあちゃん家に、毎年夏休みに来るんだ。今年も一週間居るから……その間、遊びに来てもいい?」
「深森……ああ、なるほど。秋菜さんのお孫さんか」

 秋菜は確か、おばあちゃんの名前だ。田舎は皆知り合いみたいなところがある。どうやら彼も、おばあちゃんのことを知っているようだ。

「ボクは、千景。一週間よろしくね」
「うん、よろしく!」

 今年の夏は楽しくなりそうだ。僕は嬉々として、繋いだ手を揺らした。


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