「全部知ってるんでしょ? わざわざ訊いてどうすんの?」

 真理恵さんは開いていた口を閉じて、みるみるうちに怒りに満ちた表情になっていく。大ちゃんも驚きを隠せない様子だった。

「……ざけんなよ。なに開き直ってんの? あんた自分がなに言ってるかわかってる? 頭おかしいんじゃないの!?」

 開き直りなんかじゃない。私はただ言いたくないだけ。
 大ちゃんがくれた言葉も、大ちゃんがしてくれたことも、なにひとつ言いたくない。

 私といる時の大ちゃんは私しか知らない。
 ふたりの世界はふたりしか知らない。
 ふたりが過ごしてきた時間はふたりだけのもの。
 誰も邪魔しないでよ。思い出まで壊さないでよ。
 そんな権利、誰にもないはずだ。
 頭がおかしいと言われても、最低だと言われてもかまわない。
 絶対に言いたくない。

「ひとつだけ答えます。彼女いること知ってて、なんで関係持ったのかってやつ」

 鋭い目で私を睨み続ける真理恵さんから目を逸らさなかった。
 それは一+一よりも簡単で、とても単純なこと。

「好きだから止められなかった。それだけです」

 止められるものなら、私だって止めたかった。他の誰でもない、私がそれを一番強く願っていた。だけど、そんなの無理だった。
 どうしても、どうしようもなく、大ちゃんのことが好きだった。

 真理恵さんは握った拳をハンドルめがけて振り下ろした。鈍い音が車内に響く。
 きっと限界以上に我慢してくれたのだろう。
 でも──どうせなら、殴ってくれたらよかったのに。

「はあ? 好きだから止められなかった? ふざけんなよ! 人の男に手出しちゃいけないって、それくらいわかるでしょ!」

 さっきとは別人じゃないかと思うくらい、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。

「真理恵! やめろって!」
「あんたは黙ってて!」
「黙ってらんねえだろ!」

 真理恵さんが大ちゃんの腕を振り払う。それでも大ちゃんは、必死に真理恵さんを止めていた。こんな状況なのに、大ちゃんが私を庇ってくれたことが嬉しかった。ただ黙っていてくれたら、少しは憎めたかもしれないのに。
 大ちゃんはいつもそうだ。諦めさせてくれない。幻滅させてくれない。私がどれだけどん底に落ちても、またそうやって好きにさせる。大ちゃんが好きだって、何度でも実感させる。

「結局はただのセフレでしょ!? あんたプライドないの!?」

 ──プライド?
 ふざけんな。なにも知らないくせに。
 なにも、知らないくせに。

 体が震え、拳を握りしめた。出会ってから今日までの記憶が走馬灯のように流れる。
 まるで〝これが最後だよ〟と誰かに言われたみたいだった。