時間というのは嫌でも過ぎる。
 学校が終わり、ひとりでゲーセンへ向かった。体験入学のあとに大ちゃんと再会した場所だ。しばらく来ていなかったけれど、まさかこんな形でまた来ることになるなんて、大ちゃんと会えるのに嬉しいと思えない日が来るなんて、夢にも思わなかった。
 辺りを見渡すと、白い車が一台停まっていた。

「こっちだよ」

 私に気付いた大ちゃんが、助手席から顔を覗かせた。

「……うん」

 たまらなく大好きな瞬間のはずなのに、今はちっとも喜べない。だってあれは大ちゃんの車じゃない。いつもとは全然違う状況なのだと改めて痛感させられた。
 大きく深呼吸をしてから後部座席に乗る。

「はじめまして。菜摘ちゃんだよね?」

 彼女──真理恵さんは、とても人を殴ったりするとは思えない、色白で華奢でおとなしそうな人だった。メッセージの印象とはかけ離れている。

 お腹を見ると、まだぺたんこだった。妊娠したばかりなのだろうか。
 もしかすると、妊娠が発覚したからよりを戻したのかもしれない。だからといって許せるわけじゃないし、先に私に言ってほしかったという気持ちも変わらないし、祝福なんか到底できない。
 だけど、大ちゃんがちゃんと責任を取る人でよかったと思った。

「……はい。はじめまして」

 目線を上げて、改めて真理恵さんを見る。
 視界に映ったのは、見るからに傷んだ明るい髪色とウェーブがかかったボブヘアだった。

 ──髪ストレートで綺麗だし、長い方が似合いそうだなと思って。

 ああ、そうか。私、最初から負けていたのか。どんなに頑張ってもだめだったのか。
 たかが髪なのに、敗北感と絶望感でいっぱいだった。
 綺麗だと言ってくれたことが本当に嬉しかった。いつからか願かけみたいになっていた。触れてくれた時、やっと報われた気がした。だけど頑張って伸ばした髪も、必死に手入れした日々も、すべてが無駄だったのだ。

 そう思った瞬間、私の中でなにかが変わった。
 糸が切れたという表現が一番似つかわしいかもしれない。

 真理恵さんは車を走らせて、ひとけのない公園の駐車場に車を止めた。
 後ろを向くと、さっきよりもさらに低い声で切り出した。

「さっそく訊くけど、いつから大輔と関係持ってたの?」

 それから真理恵さんは、いくつか質問をしてきた。
 いつ、どうやって知り合ったのか。彼女がいることを知っていて、どうして関係を持ったのか。
 ただあったことを話す──つもりだったのに。
 私の口は、正反対の台詞を吐いていた。

「なんで言わなきゃなんないの?」

 もともと最悪だった空気がさらに凍てついた。
 呆気に取られている真理恵さんを見据える。