大ちゃんから電話が来たのは、二時間目の途中だった。机の下でスマホの画面を見ながら困惑していると、不在着信履歴が画面にぽつんと残った。
今度はなんだろう。まさか、また彼女じゃないよね?
先生に「トイレに行く」と伝えて、スマホを握ったまま教室を出た。不在着信の履歴から電話をかけ直す。
『もしもし、菜摘? 俺だけど!』
大ちゃんは異様に焦っていた。とりあえず彼女じゃなかったことに安堵する。
「どうしたの?」
『彼女から連絡来たろ!?』
「来たよ。今日会うんでしょ? べつに逃げたりしないから安心してよ」
『ちげえよ!』
「なにが? ていうかなんで焦ってるの? 自分で白状したんじゃないの?」
『だからちげえって!』
「だからなにが!?」
大ちゃんの話はこうだった。
彼女とよりを戻し、そのまま家に泊めて大ちゃんは寝た。寝ている隙に彼女にスマホを見られた。そして逆上した彼女が勝手に私に連絡をした。今電話ができるのは、会社に用事があると言って無理に抜け出したらしい。
私への罪悪感なのかなんなのか、なにやらたどたどしくて要領を得ない説明だったけれど、要約するとこうだった。
「なるほど。そっか、そうだよね」
大ちゃんの説明に対する返事ではなかった。
やっぱり彼女とよりを戻したんだ。メッセージを見てわかっていたけれど、大ちゃんの口から聞いてしまうとショックが大きいし、ちょっとイライラした。
彼女と戻ったことを怒りたいわけじゃない。
戻るなら戻るで、せめて先に私に言ってほしかった。
『納得してる場合じゃねえって! なんで断んなかったんだよ……。あいつたぶん殴る気だよ!』
どうやら彼女はやはりヤンキーらしい。
痛いのは嫌だけど、それはそれでべつにいい。いくら大ちゃんに説得されても、私は聞く耳を持たなかった。殴られようがなにをされようが、私にとってはどうでもよかった。
『とにかく気を付けろよ! 俺も菜摘には手出させないようにするから!』
なにに対してどう気を付けたらいいのかさっぱりわからない。
気を付けたところでどうなるわけでもないのに。
私に黙ってよりを戻した事実がなくなるわけでも、彼女がすんなり大ちゃんを譲ってくれるわけでも、大ちゃんが私を選んでくれるわけでも、なんでもないのに。なにひとつ変わらないのに。
『菜摘……ほんとごめん』
大ちゃんが会社に着いたから電話を切った。
最後に大ちゃんが言った『ごめん』の意味が一番わからない。謝られたところで、私にはどうすることもできないのに。ていうか、なにに対して謝ったのだろう。
あ。婚約と子供のこと、訊き忘れちゃった。
婚約していて子供がいるということは、たぶん彼女は妊娠しているということだ。そんなに暴れて大丈夫なのだろうか。
スマホをポケットに戻してゆっくりと立ち上がる。
なにも焦ることはない。ただ、あったことを話す。それだけだ。
逃げずに会うことを選んだのは、自分が悪いからなんて潔い理由じゃない。謝って許しを請いたいわけでもない。
彼女からメッセージが届いた時、ただただ混乱した。まるで想定していなかったからだ。だけどそれは、絶対にばれないと思い込んでいたわけじゃない。心の底から、彼女のことなんかどうでもよかったのだ。
だってこの人がいなければ、私は大ちゃんの隣にいられたかもしれないのに。
だから、ある意味これはチャンスだと、やっと決着をつけられると、そう思った。