「ああ、そっかそっか。大輔だよ。呼び捨てでいいから。俺も菜摘って呼ぶし」
平凡な名前なのにものすごく高貴に感じる私は、すでに重症だろうか。
年上の人を呼び捨てするのはちょっと気が引ける。
しばらく考えて、
「えっと……じゃあ、大ちゃんって呼んでもいい?」
思いついたあだ名を口にした。
年上の男の人に〝ちゃん〟を付けるのも失礼かもしれないけれど、呼び捨てよりは気軽に呼べると思った。
「大ちゃん、ね。いいねそれ」
少し驚いていた彼──大ちゃんは、くすくすと笑った。
まさかここまで順調に事が運ぶとは思わなかった。目の前で微笑んでいるこの人は、夢や幻なんかじゃない。目の前に、確かに大ちゃんがいる。
名前で呼び合うことがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
こんなに幸せな時間があるなんて、私は知らなかった。
自転車を持ってくると、サドルにまたがった大ちゃんは「乗んなよ」と言った。私のチャリなんだけどと胸中で突っ込みながら荷台に乗る。
「あんまり遅くなっちゃだめだよね。菜摘のこと送りがてら話そうよ。家どこらへん?」
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、門限ないし」
嘘なんだけどね。
「そういうわけにいかないだろ」
そこはもう流しちゃってほしかった。
時間制限なんていらないのに。次はいつ会えるかわからないのに。
帰ってから親に怒られるかもしれないけれど、それでもいい。少しでも長く一緒にいたい。今の私にとって、大ちゃんと一緒にいられること以上に重要なことなんてひとつも思い当たらない。だけど困らせたくないから「わかった」と頷いた。
お互いの住所を教え合うとまったくの逆方向で、歩いたら一時間以上はかかる距離だった。
時刻はもうすぐ十九時。ここは不便な田舎。バスの本数は少ないし、大ちゃんの家方面のバス停からはすでに離れてしまっていた。
これ以上離れると大ちゃんが大変になるから、通りかかった公園に入って話すことにした。遊具はなく小山や小さな噴水がある、散歩などによく利用される広い公園だ。
一番奥の屋根がついているベンチに座った。屋根があるだけで少し暖かい。
「この公園初めてだ。南高から近いよね」
「うん。たまに来るよ。授業サボる時とか」
「そうなんだ。……ねえ、大ちゃんって彼女いないの?」
今回は失敗するわけにいかない、絶対に前進しなければと決意を固めた私は、気合いを入れてさっそく切り出した。
思い立ったらすぐ行動、気になったら一直線。それが私のはずだと心の中で自分を鼓舞する。
「いないよ。彼女いない歴四か月」
心の中でガッツポーズをして、また顔がふにゃけそうになるのを必死に堪えた。
「菜摘は? 彼氏」
「いないよ。彼氏いない歴……」