オレンジ色の明かりが灯る部屋の、大きなベッドに腰かけた。

「なんか緊張する」
「うん。私も」

 けれど、この緊張感は心地いい。愛おしさが増していく。
 どちらからともなく、ゆっくりと唇を重ねた。

 どうしてだろう。

 ──うまいじゃん。これならうちの高校入っても大丈夫だ!

 最初はただ顔がタイプだっただけなのに。どれだけ私にとっては衝撃的な出会いだったとしても、所詮はただのひと目惚れだったのに。まさかこんなに好きになるなんて、さすがに思っていなかった。大ちゃんのすべてが好きだと、すべてがほしいとまで思う日が来るなんて、思っていなかった。

 名前を呼ぶ声も、寂しげな表情も、髪に触れる手も、体を這う唇も、少し癖のある髪も。
 今はもう、大ちゃんの、すべてを。

「あのね、大ちゃん」
「ん?」
「愛してる」

 大ちゃんは眉を上げて、ふっと微笑んだ。
 無自覚のうちに流れていた私の涙を手で拭う。

「泣き虫。俺も愛してるよ」

 私のことを泣き虫なんて言うの、世界中で大ちゃんくらいじゃないかと思う。
 それくらい大ちゃんの前で泣いてきた。
 他の人の前では堪えられるのに、大ちゃんの前でだけは無理だった。
 大ちゃんの前でだけは素直に泣けた。
 言葉にはできなくても、感情のすべてをぶつけていたのかもしれない。

 時間を止めてほしいとどんなに願っても、時間は待ってくれない。残酷に時を刻む。
 何度目かの、お別れの時間が来てしまった。
 ホテルを出て、あっという間に私の家に着く。
 車から降りようとした私を、大ちゃんは強く抱きしめた。

「どうしたの?」
「……ごめんね。なんでもないよ」

 なんでもないわけない。だって大ちゃん、少し震えている。
 私の体から離れていく手を、とっさにぎゅっと握った。
 あんなに強く握ったのに──その手は、いとも簡単にほどけたね。

「またね」

 世界で一番大好きなひと言が、とても寂しく鼓膜に響いた。

「……うん、またね」

 最後にキスをして、大ちゃんを見送った。

 私は嘘つきだ。だけど同じくらい、大ちゃんも嘘つきだ。

 ──夏になったらラベンダー畑でも連れてってやるよ。

 あの約束が果たされることはない。
 この恋に、未来なんてない。

 ──世界で一番愛してる。

 なんて哀しい台詞なんだろう。
 たとえ本心だとしても、私たちが結ばれることは、きっとない。
 わかっているくせに。大ちゃんが一番よくわかっているくせに。
〝また〟があるなら、きっとそれが最後の日。きっともう〝またね〟は聞けない。

 いつからだろう。わからないことも、わかるようになったのは。
 いつからだろう。わかりたくないことを、わかってしまうようになったのは。

 どんなに願っても、叶わない願いもある。
 どんなに祈っても、届かない祈りもある。
 どんなに愛していても、結ばれないこともある。

 わかりたくなかったよ。気付きたくなかった。
 この先には〝終わり〟しかないなんて、あまりにも残酷すぎる現実に。