街灯がない夜の海は、車のライトを消すと真っ暗だった。

「おいで」

 両手を広げて、大ちゃんはにっこり微笑んだ。
 大ちゃんの〝おいで〟も、あの頃から変わらずに大好き。

「おいで」

 いつもなら飛びついちゃうところなのにそう返したのは、私ばかり追いかけるのに疲れたからかもしれない。

「そういうとこ可愛い」

 瞬時に私の上にまたがった大ちゃんは、そのまま一気にシートを倒した。まさか本当に来ると思わなかった私は唖然としてしまう。そんな私を見て、今度は悪戯っぽく笑った。
 心臓が、止まってしまいそうだった。

「大ちゃん、ずるいよ」

 私の前髪にそっと触れて、もう片方の手は右の頬を包む。
 そして、長く、深いキスをした。

 大ちゃんが囁いたひと言を、私は一生忘れない。
 嬉しかった。死んでもいいと、本気で思った。
 だけど同じくらい、なんて哀しい台詞なんだろう、とも思った。

「世界で一番愛してる」

 ──ああ、そうか。
 やっとわかった。亮介じゃだめだった理由。大ちゃんじゃなきゃだめな理由。
 この感情を、なんて呼ぶのか。
 私、愛してる。大ちゃんのことを、愛してるんだ。

 神様と呼ばれる人が、本当にいるのなら。
 どうか願いを叶えてください。

〝またね〟

 大好きな言葉を初めて聞いたあの頃に、ふたりが出会ったあの頃に、時間を戻してください。
 もう、決して間違えたりはしないから。
 もう、決して後悔はしないから。
 絶対に、ちゃんと素直になるから。

 だから、どうか。
 願いを叶えてください──。

 唇が離れる。
 大ちゃんは私の髪に触れて、ふっと笑った。

「泣き虫」

 私はちょっとがっかりしていた。
 するのかと、思ったのに。

「泣かせたのは大ちゃんでしょ」

 手が離れ、絡まっていた足がほどける。運転席へ戻った大ちゃんに言いようのない寂しさを覚えた。
 近いのに遠い。出会ってからずっと。

「行こっか」

 大ちゃんはエンジンをかけてハンドルを握った。

「え? もう帰っちゃうの?」
「帰んないよ。狭いじゃん、車ん中」

 顔が熱くなる。
 胸中を見破られてしまったのか、それとも、大ちゃんも同じ気持ちだったのか。

「……うん。そうだね」

 場所なんてどこでもいいのに、なんて言ったら、変態って笑われちゃうかな。
 帰りの車内は静かだった。
 行きと同じように、大ちゃんの姿を目に焼きつけていた。