着いた時には雨が降っていたから、車から出なかった。
「雨降っちゃったね。さっきから曇ってたもんね」
「うん。夜景見えないじゃん」
話しながら雨が止むのを待っていても、止むどころか雨足はどんどん強くなっていく。数十分が過ぎた頃には本振りになっていた。
「雨止まないね」
「ね」
「……あの、訊いてもいい?」
「ん?」
会ってから一時間以上経っているのに、なかなか本題を切り出せずにいた。
会いに来たのは会いたかったからだけじゃない。ちゃんと確かめなければいけない。
「……なんで別れたの?」
なによりも知りたいのに、知るのが怖かった。
私と付き合うためだったら、約束を守ってくれたのなら、もちろん嬉しい。
だけど──もしも違ったら。私はまたどん底に突き落とされてしまう。
大ちゃんはすぐに答えなかった。
激しさを増す雨音に煽られるように、鼓動が速まっていく。
やがて大ちゃんが薄く唇を開いた。私は膝の上でぎゅっと拳を握った。
「……喧嘩したから。腹立ったから別れた」
あまりにも予想外な返事に、言葉を失った。
たかが喧嘩で別れたの? その程度で別れられるなら、どうしてもっと早く別れてくれなかったの? 私のことは関係ないの?
「けん……か?」
「……うん、喧嘩」
呟いて、大ちゃんはばつが悪そうに顔を背けた。
腹立ったから、と言ったのに、大ちゃんはどこか辛そうに見えた。
どうしてそんな顔してるの。そんなに彼女のこと好きなの? だったらどうして私に連絡してきたの。
いつだって大ちゃんの本音はわからない。
もう、わからない。
「より戻るんじゃない?」
冷淡に言い放つと、大ちゃんは露骨に眉根を寄せた。
「戻んねえよ」
「絶対戻るよ」
「戻んねえって。べつにいいんだよ。俺には菜摘がいるし」
「は?」
そんな言い方ってない。いくらなんでも無神経すぎる。
「なに言ってんの? 私を彼女の代わりにしないでよ!」
悔しさも惨めさもなにもかも、すべてのマイナスな感情を怒りに変換することでしか、涙を堪えられなかった。
今日ばかりは絶対に泣きたくない。これ以上、惨めになりたくない。
「ちげえよ! そうじゃなくて……俺菜摘のこと好きだって言っただろ!」
「じゃあなんでもっと早く別れてくれなかったの? 他に好きな子いるって言えば済む話じゃん!」
それがなによりの本音だった。
責めるようなことを言うつもりはなかったのに、我慢できなかった。
「……ごめん。いろいろあるんだよ」
大ちゃんはまた辛そうな顔をして目線を落とした。
前髪の隙間から見える目は、何度も見たことのある、本音を隠す時の、これ以上は訊かれたくないという目で。
「……またそれじゃん」
いつだって大ちゃんはなにも言ってくれない。本当のことなんてなにひとつ教えてくれない。肝心なことは絶対に言わない。
もう無理だ。これ以上耐えられるほど、私は強くない。
いろいろある、なんて言われたら、なにも言えなくなる。
いつだって、大ちゃんは、ずるい。
「……帰るね」
呟いて、今度は私が大ちゃんから目を逸らした。
重い空気に耐えられなくて、急いで理緒に電話をかけても出なかった。由貴と麻衣子にかけても出ない。もう二時を過ぎているし、寝てしまったのかもしれない。理緒の家を出る時は慌てていたから、スマホしか持ってきていなかった。家へ帰るにしても、鍵が入っているバッグはもちろん理緒の家にある。
「朝まで一緒にいる? 明日仕事休みだし」
状況を察したのか、大ちゃんが言った。
目は合わない。合わせられない。
こんな時間に行く場所なんてひとつしかない。
「……うん」
それでも私は、大ちゃんを拒むことができなかった。
本当に、どこまでもかっこ悪い女だな、私は。