無駄に大声で自己紹介をした私に、山岸さんは「菜摘ね」とまた笑った。財布から五百円玉を取り出して「俺のぶん」と友達に渡すと、お会計の列から抜けて私に手招きをした。
 壁にもたれかかる山岸さんの隣に立って顔を見合わせる。

「もう出るんだよね? 菜摘って門限ある?」

 さっそく名前で呼んでくれるんだ。
 いつもみんなに菜摘と呼ばれているのに、なんだかすごく新鮮に感じた。

 たぶん、いや絶対、顔がふにゃけている。だってこんなの嬉しすぎる。
 あんなに会いたかった山岸さんと、また会えたのだ。

「門限ないですよ」
 なくはないけど。
「そっか。帰っても暇?」
「暇ですよ」

 この流れは、まさか誘おうとしてくれている……?
 それとも単なる世間話だろうか。いっそのこと私から誘ってみようか。山岸さんと話したい、遊びたい、誘いたいのは山々なのに、断られたらどうしようという不安が先走って『遊んでください』のたったひと言が出てこない。
 普段なら簡単に言えるのに、私はいつからこんな内気になったのか。

「今一緒にいた友達がバイト行っちゃうから、俺もこのあと暇なんだよね。よかったら俺の暇つぶしに付き合ってくれる?」

 山岸さんはにっこりと微笑んだ。
 勘違いじゃなかったことにほっとして、とっくに決まっていた返事をする。

「私でよければ!」

 山岸さんと話せる。話せるんだ。たとえ暇つぶしだろうとなんだろうと、その相手に私を選んでくれたことが嬉しかった。
 この人のことを、もっと、ちゃんと知りたい。知れば知るほど、なにかが変わっていく。根拠もなにもないけれど、そんな予感がした。

 伊織と隆志に報告し、フロントで別れて外へ出た。カラオケのすぐ近くにあるコンビニの前に山岸さんが立っていた。友達はもうバイトに行ったのかひとりみたいだ。白い息を吐きながら、両ポケットに手を入れている。

「寒かったですか? 待たせちゃってごめんなさい」

 近付いてみれば、学ランの中はシャツしか着ていないようだ。
 十月の雪国で、しかも夜にその薄着はちょっとありえない。

「全然待ってないけど、寒い! 菜摘、チャリある? どっか行こ」

 私のカーディガンの袖を掴んで足をバタバタさせる。
 なにこの人。可愛い。自分よりもずっと大人だと思っている高校生が、まるで子供みたいなことをしているというギャップがとんでもなく可愛い。

「ありますよ。持ってきますね。山岸さんがこいでくれますか?」
「あ、さん付けしなくていいよ。敬語もいらないし。さん付けとか敬語とか、あんまり慣れてないから」

 そんなこと言われても。山岸……は、さすがにないな。

「下の名前でいいよ。呼び捨てで」
「え、でも、下の名前知らないんだけど……なんていうの?」