ちらちら外を覗いていると、コンビニの駐車場に黒い乗用車が止まった。ガラス越しに顔が見えた瞬間、私は急いでコンビニを出た。
 運転席の窓が開く。

「菜摘」

 顔を覗かせた大ちゃんは、私の名前を呼んで優しく微笑んだ。
 私の家、覚えていてくれたんだ。

「とりあえず乗れよ」
「……うん」

 三か月ぶりの再会だった。
 助手席に座ると、私を匿ってくれたコンビニへのお礼も兼ねて買っていたコーラを大ちゃんに渡した。

「来てくれてありがとう」
「どういたしまして。てか久しぶりだな。元気してた?」
「元気だよ。大ちゃん、車買ったんだね」
「会社までちょっと距離あるしね」
「そうだ、仕事は?」

 来てくれたことに安心して、すっかり忘れていた。
 焦る私をよそに、大ちゃんはのん気に笑う。

「ちょうど終わった時に電話来たんだよ。ナイスタイミング」
「ごめんね。仕事で疲れてるのに」
「なんで謝んの? 俺ちょうど菜摘に会いたいなーって思ってたんだよ」

 大ちゃんはにっこり微笑むと、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 久しぶりの感覚。本当に会えたんだ。本当に大ちゃんなんだ──。

「なに笑ってんだよ。俺に会えて嬉しいの?」
「うん、嬉しい」
「そっか。俺も嬉しい」

 卒業式の日といい今日といい、大ちゃんってこういうこと言う人だっただろうか。
 顔がふにゃけるからやめてほしい。

 軽くドライブをすることになり、大ちゃんはしばらく車を走らせてから切り出した。

「さっきどうした? おまえまた助けてって言ったろ」

 ドキッとする。今でもクリスマスのことを覚えていたんだ。

「黙りこくるのはもうなしな。俺、言いたくないなら言わなくていいとか言うほど優しくないから」

 先手を取られてしまった。これでもう、黙りこくることも質問に質問を返すこともできない。

「ううん。大ちゃんは、優しいよ」

 どうした? って必ず訊くけれど、少し強引に言わせようとするけれど、最後はなにも言わずに抱きしめてくれた。私は、何度も何度も大ちゃんに救われた。
 だから、今日こそはちゃんと話さなければいけない。

「……あのね」

 あれ。どうして手が震えるんだろう。
 亮介の時とは違う。べつに襲われたわけじゃないのに。ちゃんと逃げ切れたのに。
 震える体を手でさすりながら、さっきの出来事を話した。

 私がたどたどしく話している間、大ちゃんは無言のまま運転していた。
 なんだか空気が重くなってしまったから、以上です、と冗談っぽく軽快に締めてみたのに、大ちゃんはくすりとも笑ってくれない。むしろ怒っているように見える。初めて見た表情にうろたえてしまう。

「なんで夜中に女がひとりで歩くんだよ馬鹿」

 やっぱり怒っている。

「え……べつに大丈夫かなって……」
「大丈夫じゃねえよ。おまえほんとそういうとこある」
「え……だって、家まで近かったし……」
「そういう問題じゃねえだろ。菜摘は女なんだよ。気を付けろよ」

 心配……してくれているのだろうか。心配だから、怒ってくれているのだろうか。

 ──俺は男、菜摘は女。

 いつかの台詞を思い出した。
 そうだ。大ちゃんはいつだって私を女の子扱いしてくれて、心配してくれていた。

「……ごめんなさい」

 素直に謝ると、大ちゃんはいつも通り「素直でよろしい」と微笑んでくれた。