大ちゃんが卒業してから三か月が経った。会ってはいないけれど、たまに連絡を取っている。毎日仕事に追われながらも頑張っているみたいだった。
 彼女と続いてはいるものの、お互い仕事の時間帯が合わないからあまり会っていないと言っていた。入社したばかりだし次期社長なわけだから、きっと私の想像を絶するほど大変なのだろう。

 雪国の遅い桜が咲く頃には裏サイトもやっと流行を終え、平穏な日々が戻っていた。
 十七歳の誕生日を迎えた私は、友達とカラオケで遊んで夜が更けてきた頃に解散した。私だけみんなと方向が違うから、お店の前で別れた。カラオケから家までは徒歩二十分程度だけれど、この町はとても治安がいいとは言えないから、なるべく明るい道を通るよう気を付けながら家路を急いだ。
 もう少しで家に着く時、

「こんな夜中にひとり?」

 声をかけてきたのは、二十代前半くらいの男だった。見たこともない、知らない男。

「家まで送ってあげる!」

 アルコールの匂いを漂わせながら、煙草の煙を荒く吐いた。

「家すぐそこだから、いいです」

 なるべく目を合わさないよう俯いて歩き出そうとすると、

「いいじゃん。遊ぼうよ」

 腕を掴まれて引き寄せられた。
 気持ち悪い……。

「離して!」

 男の腕を振りほどくと、再び腕を掴まれて、今度は壁に押し付けられた。

「気ぃ強くね? 男舐めないほうがいいよ」

 怖い。どうしよう。逃げなきゃ。逃げなきゃ。

「──てえっ!」

 私は無我夢中で男の膝を思いきり蹴り上げた。男が怯んでいる隙に腕を振りほどき、全速力で走った。すぐ近くのコンビニへ駆け込んで雑誌コーナーの前にしゃがむ。たった数分走っただけなのに息が上がって苦しい。全身から汗が噴き出している。
 早く家に帰りたい。でも、まだあいつがいたらどうしよう。いつまでいるんだろう。どうやって帰ればいいんだろう。

 ──誰か、来てくれないだろうか。
 考えてすぐに、その人の顔が浮かんだ。
 去年のクリスマスと同じだ。私が求めているのは〝誰か〟じゃない。なにかあった時に一番に浮かぶのは、ずっとずっとひとりだけだった。

 欲求のままに名前を表示し、震える指先で受話器のマークをタップした。呼び出し音が数回鳴っても出ない。今の私には果てしなく感じる。夜勤が多いと言っていたし、仕事中だろうか。
 諦めて切ろうとした時、

『もしもし? 菜摘?』

 声が聞こえた瞬間、じわ、と目に涙が浮かんだ。

「大ちゃん、怖い、助けて……」
『はっ? 意味わかんねえよ! 今どこ!?』
「家の近くの……えっと、コンビニ……」
『待ってろ!』

 一方的に電話を切られて、思わずぽかんとしてしまう。
 待ってろって、まだコンビニとしか言っていないのに。
 私の家から近いコンビニはいくつかある。そもそも私の家を覚えているのだろうか。大ちゃんに家まで送ってもらったのは二回だけだ。一回目は二年も前だし、二回目だって半年も前。私ならきっと忘れてしまう。

 だけど──きっと、大ちゃんは来てくれる。
 クリスマスの日も、大ちゃんは少ないキーワードで私を見つけてくれた。
 だから私は、大ちゃんは必ず来てくれると信じられた。

「大ちゃん……」

 いつかのように、少しだけ熱くなったスマホを強く握りしめながら、大ちゃんが来てくれるのを待っていた。