私が高校に入る前のことだろうか。たぶんそれしかない。

「あの時さ、彼女が毎日家まで来てスマホチェックされてたんだよ。で、また会ったらそいつシメるとか言われて」

 彼女やっぱりヤンキーなの?

「そ、そうだったんだ」
「落ち着いたら菜摘に連絡しなきゃなって思ってたんだけど、その直後にスマホが壊れたっていう。……ずっと謝りたかったんだ。ほんとごめんね」

 大ちゃん、覚えてたんだ。
 高校で再会してから、大ちゃんはそのことに一切触れなかった。だから気にも留めていないか忘れているのだと思って、私も忘れているふりをして、一度も口に出さなかったのに。

 音信不通になった時のことを思い出すと、今でも胸が痛む。
 だけど大ちゃんは、こうしてまた私に笑いかけてくれている。
 他人に無関心な大ちゃんが、私のことを気にしてくれていた。

「謝らなくていいよ。もう一年も前だし」
「ありがと。おまえやっぱいい奴だな!」

 無邪気に笑った大ちゃんは、出会った日と同じように私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 大ちゃんは本当に変わらない。もはや憎たらしいくらいにあの頃のままだ。

 もうやめよう。無理に諦めようとするのも、他の人に逃げるのも。
 私は大ちゃんが好き。どんなに苦しくても、どうしても好きなんだ。
 この気持ちを大切にしたいと、初めて思えた。

 それから私たちは、時間を忘れてたくさん話した。すれ違っていた日々の穴を埋めることは不可能だろう。大ちゃんとは何時間話しても話が尽きない。どれだけ話しても足りない。とてもたったの数時間で埋められる程度の穴ではないのだ。
 それでも、今日こうして話せたことで、大ちゃんと過ごした一年間の記憶はよりかけがえのないものにできた。

 話している最中、何度頭をよぎっただろう。何度言いかけただろう。

 ──私ね、大ちゃんが好きだよ。

 もう簡単には会えなくなるのだから、言うなら今だった。だけど言えなかった。私を堰き止めていたのは、一度振られているという事実だった。
 これは言い訳だろうか。
 告白をするのが初めてだったら言えたかもしれない。やらずに後悔するならやって後悔した方がましだと、私は身をもって痛感したのだ。成功するしないは別として、もっと早く告白すればよかったと何度悔やんできたかわからない。

 だけど、大ちゃんの口から二度も『ごめん』と言われてもなお立ち直る自信はさすがになかった。私に彼氏がいなくなったって大ちゃんには彼女がいるのだから、ほしい返事はきっともらえない。実る確率はほぼゼロだろう。

 たとえ振られても気持ちを伝えたという達成感と、二度も振られたことで受けるだろう絶大なダメージを天秤にかけたら、後者に大きく傾いてしまった。なにより、せっかく楽しい時間を過ごせているのに、空気をぶち壊して気まずくなったまま離れるのは絶対に嫌だ。
 お互い笑顔のままで、一緒に過ごせる高校生活最後の日を終えたかった。

「やっぱおまえといたら楽しいわ」

 私の葛藤を知るはずもない大ちゃんは、平気でそんなことを言う。平気で私に触れる。
 そのたびに私は嬉しくて、もしかしたらと期待して、寂しくて、泣きたくなるのに。
 やっぱ大ちゃんのこと好きだわ、と、口に出せない台詞を心の中で返した。