私からは言っていなくとも、噂はどこまでも広がっている。植木くんは裏サイトを閲覧しているし、大ちゃんの耳に入るのは当然だ。私が叩かれまくっているのも知っているかもしれない。
「大ちゃんはなんであそこにいたの?」
質問に質問を返す。答えたくない時の、私の逃げる方法。
彼氏とのことも自分が叩かれていることも、好きな人と話したい内容ではない。
「駿が一階で授業しててさ。菜摘が暴れてるって電話来て。んで見に行ったら、ほんとに暴れてた」
「そうだったんだ」
「なんであんなことしたんだよ。教師と喧嘩したら停学だろ」
すぐさま話を戻されて怯んだ私は、膝に目線を落とした。
怒るわけでもなく、慰めるわけでもなく、大ちゃんは諭すように問いかける。
「おまえ、なんかおかしかったよ。彼氏できた頃からずっと。なにがあった?」
どうして誰も気付かなかった私の変化に気付いてくれるんだろう。どうしていつも、私が見つけてほしい、だけど誰にも言えないものを見つけてくれるんだろう。
「ちゃんと聞くから。言ってみ」
気付いてくれることは嬉しい。だけど、今回も言えそうにない。
だって、なんて言えばいい?
亮介のこと好きじゃないのに、騙しながら付き合ってたの。本当はずっと、大ちゃんが好きだったの。でも大ちゃんは振り向いてくれないじゃない。だから寂しさを紛らわせるために亮介を利用してたの。でも、自分の汚さを認めたくない。しょうがないよって、菜摘なりに頑張ってたんだよねって、菜摘は悪くないよって言ってほしい。そんなことばかり考えてしまう自分が、嫌で嫌でしょうがないの。
だからお願い。私を責めないで──。
これが本音だ。言えるわけがない。最低だって軽蔑される。
大ちゃんにだけは、絶対に嫌われたくない。
「なんでもないよ。最近イライラしてて、先生と喧嘩してキレちゃっただけ」
「嘘つけって。俺に隠し事すんな」
そんなこと大ちゃんにだけは言われたくない。
なにも言ってくれないくせに。いつもはぐらかしてばかりのくせに。
訊いたらちゃんと答えてくれる?
訊きたいこと、たくさんたくさんあるんだよ。
ねえ、大ちゃんは──私のこと、本当はどう思ってるの?
「……また泣く。泣き虫」
繋いでいた手を離し、大ちゃんは私を抱きしめた。
私だって泣きたくなんかないのに、大ちゃんはまた私にとどめを刺す。
今は優しくしないでほしい。汚い自分を正当化してしまいたくなる。また被害者ぶりたくなる。
「泣くなって。大丈夫だから」
だったら、これ以上好きにさせないでほしい。
泣くなと言うなら教えてほしい。
涙を止める術を。気持ちを消す術を。強くなる術を。
お願いだから、教えてよ──。
泣いている間、大ちゃんはずっと抱きしめてくれていた。子供みたいにしゃくりあげる私の頭を、ずっと撫でてくれていた。やっと泣き止んだ私は恐る恐る顔を上げると、大ちゃんは「落ち着いた?」と言いながら、手で私の頬に残っている涙を拭った。
「うん、ちょっと落ち着いた」
「よかった。……てかおまえ、ひっでえ顔。化粧崩れてる」
「え、うるさい」
茶化すように笑って私の頬を軽くつねり、するとよほど変な顔になったのか、いよいよ声を出して大笑いされた。最初は怒っていた私も、大ちゃんにつられて笑ってしまった。
ふたりで、馬鹿みたいに笑い転げた。
こんな風に笑えたのはいつ以来だろう。
「寒いし戻ろっか。おまえ停学だよ?」
「うん。私のこと連れ出して授業サボったから、大ちゃんも怒られるよ」
先に歩き出した大ちゃんの背中を追うと、大ちゃんはまるで当たり前みたいに左手を差し出した。私は迷うことなくその手を握った。
「あのね、大ちゃん」
「ん?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
そして、憑き物が落ちたように軽くなった足と心を学校へ運んだ。