亮介と別れた本当の理由は、誰にも言えなかった。
亮介と別れても、ちっともすっきりしなかった。むしろ自分がどれだけ汚くて最低な人間なのかを痛感してしまった。裏サイトは私と亮介の話題で持ち切りになり、それがとどめになった私はひどく情緒不安定になっていた。ちょっとしたことでイライラしたり泣きそうになったり、普段より感情の起伏が激しくて、まるで自分をコントロールできない。
私と亮介が別れた理由について、的にかすってすらいない考察から始まり、あることないこと好き放題に書かれていた。カップル間のいざこざはネタにしやすいのだろう。考察が終わると私への誹謗中傷へ移っていった。さっさと別れろとか書いていたくせに、実際に別れたら私へのバッシングがあとを絶たなかった。
馬鹿じゃないのか。クソみたいな書き込みにいちいち腹を立てている私も馬鹿だ。
「おい、おまえ! 寝るな! だらしない!」
一時間目の古文の授業中、なにをするにも気力が湧かず机に顔を伏せていた私の鼓膜に、男の先生の怒声が突き刺さった。
生真面目なこの先生は真面目じゃない私のことがよほど気に入らないらしく、前々から事あるごとに注意されていた。
「は? 私に言ってんの?」
「おまえ以外に誰がいる!?」
熱くなっちゃだめだ。悪いのはちゃんと授業を聞いていなかった私なのだから。
なんとか気を落ち着かせようとしても、苛立ちを抑えきれない。
「他にも寝てる人とか化粧してる人とかスマホいじってる人とかいっぱいいるじゃん。なんで毎回私だけなの?」
「なんだその口の利き方は!」
とにかくタイミングが悪い。頭に血が上る。今キレたら止まらない気がする。
わかっているのに、制御できない。
「うるせえな! いっつもこっちが黙ってるからって偉そうにごちゃごちゃ言いやがって!」
席を立った私は先生を睨みつけながら距離を詰めて、教壇を思いきり蹴った。
完全に八つ当たりだった。もうなにも考えられなかった。
「いい加減にしろよ!」
先生は顔を真っ赤に染めながら怒鳴る。
怒声と騒音が廊下にまで響いていたのか、いつの間にか他のクラスの人たちや一階で授業をしていたのだろう上級生まで集まり、廊下は野次馬で溢れ返っていた。
今にも殴りかかろうとする私を、理緒たちをはじめクラスメイトが止める。それでも制御できなかった。行き場のない感情を暴言に変えて、ただ目の前に立っていただけの教師にぶつけ続けた。
「菜摘!」
呼ばれたのと腕を掴まれたのは同時だった。
振り向くと、ここにいるはずのない大ちゃんがいた。
今は、金曜日の三時間目じゃないのに。
「……大ちゃん、なんで」
大ちゃんはとても哀しそうな顔をしていた。
いつか大ちゃんが喧嘩をした時の私と同じ。
「おまえ……ちょっとやりすぎだろ。おいで」
大ちゃんは私の腕を掴んだまま駆け出した。
散々暴れたのに。誰の声も届かないくらい、なにも考えられないくらい、我を忘れていたのに。
たったひとりの声で、理性を取り戻せてしまった。
野次馬をかき分けて廊下に出ても大ちゃんは足を止めることなく、私は腕を引かれるがままについていった。昇降口を抜け、校門をくぐり、着いた場所はあの公園だった。
「この公園、クリスマス以来だな」
屋根のついたベンチに座ると、大ちゃんはさっきと違う明るい口調で言った。
「うん、そうだね」
「やっぱ寒いな」
大ちゃんは身震いをして、両手で腕をさすった。
数秒の沈黙を置いて、大ちゃんが静かに口を開いた。
「菜摘、どうした?……もしかして、彼氏とのこと?」
別れたことは大ちゃんも知っているのだと、今の言い方でなんとなくわかった。