亮介はさすがに気まずいのか、冬休み中はあまり連絡をしてこなかった。たまに誘われて私が断っても、いつもみたいに怒ることはなかった。
 クリスマスから一度も会わないまま新学期を迎え、久しぶりに学校で顔を合わせた私は話があると伝えて、放課後に亮介の家へ向かった。

 もう無理だった。
 大ちゃんのことを諦めるなんて、大ちゃんへの気持ちから逃げるなんて、私にはとてもできなかった。ちょっとしたことでも、なにかあるたびに、大ちゃんに会うたびに、どうしても大ちゃんが好きだと痛感してしまう。
 だからこれ以上、亮介とは一緒にいられない。

 亮介の家のドアに手をかけた時、手が震えていることを自覚した。
 大丈夫。なにも怖くなんかない。ただ彼氏と、カップルなら当然する行為をしただけ。あの日と同じく自分にそう言い聞かせて、震えている手をぎゅっと握りしめて、別れることだけを考えた。
 ドアを開けると、亮介は「やっと来た」と笑った。

「遅かったな」
「うん、ちょっと」

 ベッドから起き上がって、ドアの前に立ったままの私を見てきょとんとした。

「どうした? 入れよ」
「……うん」

 どうしてだろう。足が動かない。
 亮介は怪訝そうな顔をして立ち上がり、私との距離を詰めた。反射的に体が後退する。ドアは閉めてしまったから、これ以上は下がれないのに。亮介とドアに挟まれた私は、恐る恐る顔を上げた。目の前にはもちろん亮介がいる。私を見下ろしている亮介の顔が、ゆっくりと近付いてくる。
 あの日の記憶とぐちゃぐちゃに混ざり合った感情がせり上がり、とっさに亮介を突き飛ばしてしまった。

「……なにするんだよ」

 信じられなかった。
 あの日のことを、なんとも思っていないのだろうか。
 また同じことをするつもりなのだろうか。
 目を鋭く尖らせた亮介は、再び私の前に立ちはだかって両手を掴んだ。

「話があるって言ったじゃんっ」
「そんなのあとでいいよ」
「やだってば! 触んないで!」

 がむしゃらに体を動かして亮介の手を振りほどき、解放された右手を振りかぶった。乾いた音が響いたのと、右手を亮介の頬にめがけて下ろしたことに気付いたのはほぼ同時だった。
 しん、と静寂が落ちる。

「あ……ごめ……」
「意味わかんね。なんで殴られなきゃなんねえの? ふざけんなよ」

 亮介は左頬に手を当てながら、部屋から出ていった。
 強張っていた体から力が抜けて、へなへなと床にへたり込んだ。呆然としながら、亮介が戻ってくるまで待つか、このまま帰ってしまうか考える。別れ話をするのは今日じゃない方がいいかもしれない。亮介とふたりきりの時じゃない方がいいかもしれない。もしクリスマスと同じことをされたら、私はきっと消えてしまいたくなる。

 その時、薄暗い部屋でなにかが光った。目をやると、視界に飛び込んできたのは亮介のスマホだった。
 どうしてだろう。前々から疑っていたわけじゃないのに。

 ──亮介浮気してるよ。

 書き込みのことなんて忘れていたのに。
 私はためらうことなくスマホを手に取った。亮介のスマホの暗証番号は知っていた。浮気の証拠で溢れている内容を見ても、ショックは微塵もなかった。むしろほっとしていた。
 よかった。これで私が被害者になれる。ただ、そう思った。
 私はずっと心のどこかで、こんな風に、自分が悪者にならずに済むシチュエーションを望んでいたのだと気付いた。

「おまえなにしてんの?」

 突然後ろから声がしても、あまり驚かなかった。
 振り向けば、亮介は壁にもたれかかりながら眉をひそめている。
 おまえって、亮介に初めて言われた。

「なにしてんのはこっちの台詞。浮気してたんだね」
「はあ? 浮気なんかしてねえよ。スマホ返せ」
「全部見たから」