大ちゃんと出会って一年が経とうとしていた。
一年前の私は、純粋に大ちゃんが好きだった。大ちゃんも私を好きになってほしいと願っていた。なってくれると信じていた。一年後にはその願いが呆気なく打ち砕かれているなんて、他の人と付き合っているなんて、あの頃の私には想像もできなかった。
二か月記念日には、亮介はネックレスをプレゼントしてくれた。
約束を果たしてくれたのに、私は喜ぶことなんてできなかった。
夏休みが明けた頃から、亮介が変わってしまったからだ。
「菜摘!」
怒声が聞こえたのは、隆志と話し終えて教室へ戻る時だった。
目の前まで来た亮介は、眉根を寄せながら隆志の背中と私を交互に睨みつけた。
「ふざけんなよ」
「なにが? べつにキレられるようなことしてないけど」
「なにがじゃねえよ。なに他の男と話してんの? 見せつけてんのかよ」
亮介の変化は、束縛だった。
「友達と話してなにが悪いの?」
「俺と付き合ってんだから男友達なんか必要ねえだろ。彼氏いたら他の男と話さないのが普通じゃねえの?」
最近ずっとこんな感じだ。だからプレゼントをもらったって喜べなかった。ましてやネックレスなんて、まるで首輪みたいに思えて身につけることができなかった。それも亮介が異様に怒りっぽくなった要因のひとつかもしれない。
ちょうどその頃から、あるサイトが流行っていた。うちの高校のホームページというか、裏サイトみたいなもの。誰が作ったかわからないそれは口コミで一気に広まり、みんなが日常的に閲覧するようになるまで時間はかからなかった。
と、そんなものができれば、次第に話題が誹謗中傷に変わってしまうのは当然の流れなのかもしれない。
あいつ調子こいてる。嫌い。死ね。
個人を特定されないのをいいことに、あることないこと書きたい放題だった。
「また理緒の名前出てるし! 僻むなっつーのっ」
「由貴も書かれてるよ。まじうざい!」
理緒と由貴がスマホに向かって叫び、麻衣子は黙ったまま机にスマホを放った。
サイトを閲覧して腹を立てるのが、私たちの最近の日課になりつつあった。だったら見なければいいとわかってはいるものの、自分の名前が頻繁に出ていればどうしても気になってしまう。
理緒たちは目立つから名前がよく出る。私だけ標的から外されるなんて都合のいいことがあるわけもなく、私の名前もちょくちょく見かけた。悪口じゃない書き込みもあるとはいえ、そういうのに自分の名前が出るってあまりいい気分じゃない。
そして私は、もうひとつ困っていることがあった。
「山岸くんの連絡先教えてくれない?」
休憩時間、他のクラスの女の子ふたり組に言われた。
最近こんなお願いをされることが増えてきた。私に言われたって困るのに。
大ちゃんは特別目立つタイプじゃない。植木くんや駿くんは騒がしいから目立つけれど、その陰にうまく隠れている。それでもやっぱりかっこいいから、一部で密かに人気があるようだった。
「なんで私に言うの?」
「だって菜摘、山岸くんと仲いいじゃん」
こんな風に、毎回同じようなやり取りをしている。
みんな大ちゃんに彼女がいることは知っているらしい。知ってるけどだからなに? と言われたこともある。連絡取るくらいべつによくない? とも何度か言われた。
確かに仲はいいし、紹介してほしいって子がいるんだけど、なんて言おうと思えば言える。ただそれは物理的に可能というだけであって、大ちゃんを誰かに紹介するなんてまっぴらごめんだ。
だけど私は亮介と付き合っているわけで、そんなことを言える立場じゃないから言わない。どこから変な噂が漏れるかわからない。自ら誹謗中傷のネタを提供したくない。
「ね、お願い!」
「人に頼ってないでさ、自分で訊きなよ。それに彼女いるんだから無理だよ」
何度断ってもキリがないから少しきつく言うと、露骨に顔を歪めたふたりは小声でぶつぶつと文句を言いながら去っていった。
またこれでサイトに悪口書かれるのかな……。そう思うだけでどっと疲れた。
どこか虚しくなるのは、私はあの子たちに怒る権利がまったくないからだ。
みんなよりも早く、大ちゃんに彼女ができるよりも先に出会ったおかげで〝友達〟という武器を持つことができただけ。その武器を利用して大ちゃんのパーソナルスペースに入れてもらっているだけ。考えていることもやっていることも、あの子たちと大して変わらないのだ。
いや、私の方がずっと質が悪いかもしれない。
──大ちゃんのなにを知ってんの? なにも知らないくせに。
これが私の本音なのだから。