「こいつ彼女じゃないから」
「ん? 違うのか?」
「でももらう。ありがとー先生」

 どうして私は傷ついているんだろう。実際に彼女じゃないのだから、否定するのは当たり前なのに。私にはもう、亮介がいるのに。頭ではわかっているのに、体がちっともわかってくれない。本心を押し殺しながら、焼きそばと大量の唐揚げをふたりで完食した。

 お次は植木くんのバンドを見に行かなければいけない。
 大ちゃんも当然行くと思っていたのに、人混みは嫌いだから行かないと言われた。どこまでも盛り上がりに欠ける人だ。
 ノリが悪い大ちゃんを置いて、ひとりで体育館へ向かう。渡り廊下まで来た時、あまり機嫌がよろしくなさそうな亮介が現れた。

「うろちょろしすぎだろ」

 やはり機嫌が悪いらしい亮介は、私と目を合わさずにあぐらをかいた。無視するわけにいかないから、私も隣に座った。

「なんで電話出ねえの?」
「電話?」

 スマホを見ると、亮介からの着信がある。

「ごめん、気付かなかった」
「……まあいいけど。浴衣似合ってるよ。すげえ可愛い」
「ほんと? ありがと」

 まだ少し怒ったまま、亮介は私の右手をぎゅっと握った。
 付き合い始めてから一か月が経ち、ふたりの形ができ上がりつつある。私は完全に追われる立場だった。まだ胸を張って〝亮介が好き〟と言えない私にとって、ある意味では居心地がよかった。正直に言えば楽だった。
 手を繋いだまま、しばらく渡り廊下で話した。入学したての頃はよくここで大ちゃんと話したな──なんて思ってしまったことは、口が裂けても言えない。

 一旦教室へ戻り、後夜祭のために浴衣を着直す。髪型も変えて、我ながらさっきまでとはまるで別人になった。
 再び体育館へ戻る途中、亮介からメッセージが届いた。

【俺もう帰るわ。みんなで打ち上げ行く】
【わかったよ。ごめんね】

 亮介からの返信は、もう来なかった。
 わかっていた。亮介は引き留めてほしいのだと。帰らないでって、一緒に花火見ようって、私がそう言うのを待っている。わかっているのに、私は引き留めなかった。
 亮介は優しい。人としてはすごく好きだ。なのにどうして男として好きになれないのか、自分でもわからなかった。

 こんなことを願うのは間違っている。だけど願わずにはいられない。
 どうか──どうか。
 亮介のことを好きになれますように。