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 季節は春から夏へ切り替わろうとしていた。
 十六歳の誕生日を迎えた日の夜、お風呂から上がると、スマホにメッセージと着信履歴が一件ずつ表示されていた。
 メッセージは大ちゃんからだった。

【誕生日おめでと】

 覚えていてくれたんだ──。
 中学の頃、一度だけ大ちゃんと誕生日の話をしたことがある。だから私はもちろん大ちゃんの誕生日を大ちゃんメモにがっつり記しているけれど、大ちゃんは忘れているだろうと思っていたのに、わざわざメッセージをくれるなんて思わなかった。
 やばい、嬉しい。ものすごく、嬉しい。

 ありがとうと返信してから不在着信を見ると、亮介からだった。ベッドに寝転がってかけ直そうとした時、タイミングよく亮介から電話が来た。

「はーい」
『ごめん、寝てた?』
「ううん、お風呂入ってた。どうしたの?」

 時刻は二十三時を過ぎている。こんな遅い時間に電話をくれるのは珍しい。

『あの……さ……』
「うん、なに?」
『あの……』

 亮介はなにやらもごもごしていた。どうしたんだろう……と思ったけれど。
 今日は私の誕生日で、こんな時間に電話をくれて、なかなか話を切り出さない。この状況を冷静に考えて、すぐに用件を察してしまった私は自意識過剰だろうか。

『俺と付き合ってほしいんですけど……』

 告白、されちゃった。言い訳ができないくらい、はっきりとそう思った。

『俺、入学式の時に可愛いなって思って。そんで由貴に紹介してもらって仲よくなれて、まじ嬉しいんだよ。菜摘が好きだよ』

 嬉しい、という気持ちはある。亮介と話している時は純粋に楽しいし癒やされる。
 だけど、もう少し待ってほしかった。
 亮介に聞こえないよう、ふう、と息を吐いた。

「ごめん。私ね、亮介のことどう思ってるのか、よくわからないんだ。前に言った、好きだった人のことも、ほんとは、まだ好き……だと思う」

 卑怯な言い方をしている、という自覚はあった。
 どう思っているのかわからない。好きだった。好きだと思う。
 どこからそんな嘘が湧いてくるんだろう。ちっとも諦められてないくせに。亮介の告白より、大ちゃんの『誕生日おめでとう』の方が、ずっとずっと嬉しいくせに。

『それでもいいよ』

 亮介が言った言葉に、私は驚かなかった。

『わかんないってことは、これから好きになるかもしれないってことじゃん? それでいいよ。どうしても好きになれなかったら……振ってくれていいから』

 私はいつからこんなに計算高くなったのだろう。亮介がそう言ってくれるのを望んでいた。亮介なら、そう言ってくれるんじゃないかと思った。
 だからあんな、中途半端で卑怯な言い回しをしたのだ。

「……うん、わかった。付き合おっか」
『まじで!? ありがとう、すっげえ嬉しい! 菜摘の誕生日に告ろうって、ずっと前から決めてたんだ』

 ひどく痛む胸に手を当てて、亮介に届くはずのない笑顔を浮かべた。

「ありがとう、亮介」

 大ちゃんへの想いは、報われない。
 私たちの距離は、出会った頃からずっと変わらない。これから変わるとも思えない。どんなに手を伸ばしても届かない。届きそうだと思った途端に壁を作られて、いとも簡単に離れていってしまう。追いかけても追いかけても、決して振り向いてくれない。

 わかっているのに、どうしても諦められない。自然と他の誰かを好きになる日が来るなんて思えない。だったら無理をしてでも、たとえ荒療治でも、他の恋をするしかない。
 そんなあまりにも身勝手な事情で、私は亮介の気持ちに応えた。
 だけど──亮介なら、きっと好きになれると思ったんだ。