「菜摘、どう? いる?」
「ううん、いない……」

 残念のようなほっとしたような。
 しょんぼりしながら踵を返そうとした時、

「菜摘?」

 後ろから名前を呼ばれた。
 声の主はすぐにわかった。忘れるわけがない。忘れた日なんてなかった。
 無意識に胸に手を添えて、ゆっくりと振り返る。

「久しぶりじゃん! おまえちゃっかり受かったんだ」

 冷たくされたらどうしようという私の心配をよそに、大ちゃんは嬉しそうに笑った。
 まるで何事もなかったかのように、三か月間の空白を忘れているみたいに、大ちゃんの態度は変わっていなかった。

「うん……久しぶり。なんとか受かったよ」
「そっかあ。おめでと」

 出会った日と同じように、くしゃくしゃと頭を撫でられた。久しぶりの感覚が嬉しくて、拒絶されなかったことに安心して、泣きそうになった。

「そういや俺さ、前のスマホ壊れて変えたんだよ。データも消えちゃったから、また交換しよ」

 スマホを向けられて、私も慌ててポケットからスマホを出して、連絡先を交換した。
 返信がなかったのはスマホが壊れたせいなのだろうか。彼女にばれたことは関係なくて、たまたまタイミングが重なっただけなのだろうか。つい自分にとって都合のいいようにばかり解釈してしまう。

「俺これから部活だし、夜にでも連絡ちょうだい。またね、菜摘」

 部室に入っていく大ちゃんの背中を見送った。

 その夜、いつ送ればいいか悩んで、無難に二十一時くらいに送ることにした。

【菜摘だよ。今日びっくりした】
【おせーよ! 俺もびっくりした】

 大ちゃんはけっこう返信が早い。遅いなんて文句言うなら、自分から連絡してくれたらいいのに。
 画面に〝大ちゃん〟と表示されただけなのに、泣きたくなるほど安心した。

【何時に送ればいいかわかんなかったから】
【べつに何時でもいいよ。前みたいによろしくね】

 前みたいに──か。
 どうしてこんなことを平気で送ってこられるんだろう。
 私、連絡したのに。返ってこなくて死ぬほどショックだったのに。目の前が真っ暗になったのに。最後に会った日のことなんて、大ちゃんは気にしていないのだろうか。もしかしたら覚えてすらいないのかもしれない。

 大ちゃんはずるい。
 私がこの三か月間どんな気持ちで過ごしていたか、どんな気持ちで南高に入学したか、わかる?

【よろしくね、先輩】
【うん。またね】

 なにも言わない方がいい。大ちゃんはきっとはぐらかす。出会ってからの半年間で、大ちゃんがそういう人だということはわかっていた。
 会えたら訊きたいことがたくさんあったのに、また大ちゃんが離れていってしまうのが怖い。嫌われていないなら、前みたいに戻れるなら、今はそれでいい。
 追及する勇気なんて、私にはなかった。