本当に気付いていないならいい。だけどわかった上でこんなことを言うのなら、俺のことは諦めろと、他の男を見つけろということだ。私だってそれがわからないほど馬鹿じゃない。
「……大ちゃん」
だったら、やることはひとつだけ。ごまかされるくらいなら気持ちを伝えればいい。
ちゃんと言葉にして、もう一度──。
「あの……」
「わっ」
言いかけたところで、大ちゃんが小さく跳ねた。目線を追えば、テーブルの上に置いてあるスマホの画面にはメッセージが浮かんでいる。真理恵、という名前が視界に入った。
マリエ。耳馴染みはないけれど、聞き覚えがある。わりと最近聞いた気がする。
しばし記憶をたどって、思い出した。
「もしかして……彼女?」
大ちゃんが頷いた。
嘘でしょ? このタイミングで? それやばいんじゃ……。
「なんて来たの?」
ここで〝彼女〟が出てくるとは思いもしなくて、告白する決意なんか消え去ってしまった。恐る恐るふたりで内容を見る。
【ふざけんな。今すぐ電話して】
完璧にばれている。
大ちゃんが返さずにいると、またスマホが鳴った。
【一緒にいる女の連絡先教えて。名前は?】
どうやら私は呼び出されるらしい。
進学校に通っていると聞いたから勝手に清楚系の美人を想像していたのに、その文面から清楚感はまるで感じなかった。むしろちょっとヤンキー寄りな気が……。
いったいどんな人なんだろう。謎すぎる。
「すげえキレてんじゃん。どうしよ」
「連絡先と名前、教えていいよ。ばれちゃったもんはしょうがないし」
頭を抱えている大ちゃんを横目に、私はすでに落ち着きを取り戻していた。
ひとつの願望が芽生えてしまったのだ。これを機に喧嘩になって、別れてくれたらいいのに、と。
大ちゃんから離れてくれるのなら、呼び出されて怒られたり殴られたりするくらいささやかな代償だと思った。
「いや、だめだろ。誘ったのは俺だし、菜摘がなんか言われんのはだめ。とりあえず今日は帰ろ? ごめんね」
「大丈夫だよ。浮気だとか偉そうに言っちゃったけど……彼女いること知ってて遊んだ私も悪いんだから、大ちゃんだけ怒られるのもだめだよ」
本心だった。それ以上に、こんな状況になっても、まだ一緒にいたかった。
彼女と別れるかもしれない。だけど、別れないかもしれない。もし後者になったら、また会えない日々が続くかもしれない。最悪の場合、今度こそ会えなくなってしまうかもしれない。
「菜摘はいいから。菜摘のことは絶対に言わない。俺は大丈夫だよ。ね?」
優しく微笑むから、なにも言えなくなる。
「……うん。わかった」
俯くと、大ちゃんは私の頭にぽんと手を乗せた。
いつも安心させてくれる大きな手は、私を不安にさせた。
まただ。嫌な予感がする。
「送ってやれないけど、気を付けて帰れよ。またね」
もう会えなくなる気がする。そんなの嫌だ。絶対に嫌。
行かないで。行かないで──。
「……うん。またね」
〝またね〟
それだけが救いだった。そのたったひと言にすがりつくしかなかった。
また会えると、信じるしかなかった。