にこにこしながら自信満々に差し出されたのは、お世辞にも可愛いとは言いがたい、もはやウケ狙いとしか思えない、はっきり言ってブッサイクな猫のキーホルダーだった。
 期待していただけに、激しく反応に困る。

「大ちゃん……これ……ウケ狙いだよね……?」
「え、可愛くない?」

 真顔で言われて驚愕した。
 本気で可愛いと思っているのだろうか。ちょっと、いや、だいぶセンスを疑ってしまう。ていうかどこで買ったんだろう。大ちゃんの修学旅行先は、たしか夢の国だったはずなのに。

「これしか……なかったの……?」

 いくつかメジャーなキャラクターの名前を出していくと、「メジャーだからだめ」と言われた。ちょっと意味がわからない。それにこれはマイナーなんてレベルじゃない。見たことがないし、どこかのご当地キャラだろうか。

 私が絶句していると、大ちゃんは「可愛くないかな」とぶつぶつ言いながらキーホルダーをまじまじと見た。
 そんな大ちゃんを見て、つい噴き出してしまった。

「冗談だよ、ありがと。大切にするね」

 可愛いと思ってしまったのだ。困った顔の大ちゃんも、そんな大ちゃんが選んでくれた猫も。千歩くらい譲ればブサ可愛いと言えなくもない……と思う。たぶん。頑張ればなんとか。
 それに、私のために選んでくれたんだとか、選んでいる時だけは私のことで頭がいっぱいだったのかなとか、そう考えたら嬉しい。結局、大ちゃんがくれる物ならなんだってかまわないという結論に至った。
 私は大ちゃんにとことん弱い。

「このあとどうする?」

 出した物を鞄にしまった大ちゃんに問うと、答えるよりも先にスマホで時間を確認した。

「もしかして、なんか用事あるの?」
「あー……うん。今日は彼女と会うんだよね。……ごめん」

 真っ白な世界が、グレーに染まった。

「そう……なんだ。……じゃあマフラー返すよ。いつもつけてるんでしょ? 今日すごい寒いし、変に思われるかもよ」

 どうして今日、彼女と会うの。
 どうして彼女と会うのに、私と会う日を今日にしたの。
 どうして、謝るの。

「いいよ、菜摘の方が寒そうだし」

 マフラーを外そうとした私の手を大ちゃんが掴む。

「……じゃあ、今度返すね」

 どうしてこんなに傷ついているんだろう。彼女を優先するのは当たり前なのに。大ちゃんは私に気持ちがないことなんて、とっくにわかっていたはずなのに。
 初めてふたりで会う約束をして、浮かれすぎていた。私にとっては特別な日でも、大ちゃんにとってはお土産を渡すために空いていた時間を利用しただけ。私が勝手に、夜まで一緒にいられると勘違いしていただけ。
 だけど。

 ──本当に彼女いるの?

 つい訊いてしまいそうになるくらい、大ちゃんは彼女の話をしなかった。とても彼女がいるような態度じゃなかった。初めて大ちゃんの口から出た〝彼女〟という言葉は、思っていたよりもずっとずっと重かった。

「うん、素直でよろしい。でもあげるよ、それ」
「……ありがとう」

 そんなに優しく微笑まないでほしい。
 優しい手で、髪に触れないでほしい。
 大ちゃんは知らないのだ。涙を堪えるのが、どんなに大変なのか。

「じゃあ……またね」

 不安に押しつぶされそうで、大ちゃんの口癖を真似してしまった。

「わざわざ来てくれたのにごめんね。帰り気を付けてね」

 立ち上がって私の頭を軽く撫でると、大ちゃんは手を振り、背中を向けて歩いていった。またね、とは言ってくれなかった。たったひと言がなかっただけなのに、どうしようもなく不安になる。
 もう、会えないのだろうか。

 誰もいない静まり返った公園で、ぱらぱらと降る雪を見上げた。
 たった今までここにいた大ちゃんの存在を噛み締めるように、紺色のマフラーをぎゅっと握り締めながら。