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 大ちゃんに振られてから、私は伊織と隆志に大ちゃんとのことを話していなかった。彼女ができたあとに会ったことも、また連絡を取り合うようになったことも、なにも。手を繋いだことなんて絶対に言えなかった。
 自分のことも大ちゃんのことも、悪く言われるのが嫌だった。そしてなにより、自分の恋を否定されて怒られるのが嫌だった。

 ふたりがなにも訊いてこないのが救いだった。私が諦めたと思っているのかもしれないし、単に気を遣ってくれているのかもしれない。あれだけ騒いでいたのに突然なにも言わなくなれば、訊きにくくなるのは当然だろう。

 冬休みに入り、年が明ける少し前。
 勉強をしている時、スマホの画面に大ちゃんからのメッセージが表示された。
 出会ってから三か月。連絡なんて何度も取っているのに、さすがにもう名前も見慣れたはずなのに、やっぱりまだドキッとする。

【修学旅行のお土産忘れてたんだよ! ほしい?】

 修学旅行って、二か月も前だ。お土産の話なんてすっかり忘れていた。

【腐ってないならほしい】
【食べ物じゃないから。まあ楽しみにしてろよ】

 今頃きっとにやにやしてるんだろうな。そんな姿が目に浮かぶ。
 かくいう私も、思いきりにやにやしていた。

【わかったよ。楽しみにしてるね】

 お土産の内容よりも大ちゃんに会えるのが嬉しくて、何度もそのやり取りを読み返した。

 会う約束をしたのは翌日。大ちゃんは十五時まで部活があるらしく、終わったあとに公園で待ち合わせることになった。張り切りすぎて早めに着いてしまった私は、屋根のついたベンチに座って待つことにした。

 今日はいつも以上に緊張していた。最初からふたりで会う約束をしたのは初めてなのだ。
 ぱらぱらと降る雪をぼんやり眺めながら待っていると、小走りで向かってくる大ちゃんの姿が見えた。昨日の夜からずっと落ち着かない心臓がさらに騒ぐ。

「お待たせ。ごめん、寒かった?」
「ううん、大丈夫」
「けど、ほっぺ真っ赤だよ」

 大ちゃんが私の隣に座ると、瞬時に全神経が右半身に集中した。
 癖なのか故意なのか、この人は基本的に物理的な距離が近いのだ。

「どれくらい待ってた?」
「十分くらいだと思う」
「まじか。ごめんね」

 大ちゃんの冷たい手が、私の頬を包んだ。
 私より大ちゃんの方がずっと寒そうだ。久しぶりの学ラン姿には、私服の時も巻いていた紺色のマフラーと、カーディガンが足されているだけ。寒がりなのに、絶対にコートは着ないという謎のポリシーでも持っているのだろうか。

 大ちゃんの髪についている雪を払う。大ちゃんは「ありがと」と微笑んで、マフラーを私の首に巻いた。そんなことしなくたって、触れられた瞬間に寒さなんか吹き飛んでいるのに。
 大ちゃんは、マフラーの内側に隠れた私の髪を両手で外に出した。

「菜摘、髪伸ばさないの?」
「え? なんで急に?」

 毛先をつまんでみると、肩に当たる程度の長さだった。最近切ったばかりだ。

「なんとなく。髪ストレートで綺麗だし、長い方が似合いそうだなと思って」

 もしかして、髪の長い子が好きなのだろうか。そういえば大ちゃんの好みをちゃんと聞いたことがない。ちっちゃい子が好き、というのは脳内の大ちゃんメモにがっつり記したけれど。

「じゃあ、伸ばしてみよっかな」

 ──長くなったら、私を見てくれる?

 なんて言えるはずもなく、どこか複雑な心地になってしまった私は話題を変える。

「ねえ、お土産は?」
「あ、そうそう!」

 待ってましたとばかりに鞄の中を漁る。スマホやらジャージやらを取り出してベンチに放り、ほぼ空っぽになった鞄の底から「あった!」となにかを取り出した。

「ほら!」