十二月に入ると、町はあっという間に真っ白に染まった。地獄としか思えないテストラッシュも終わり、あとはイベントが盛りだくさんの冬休みを待つのみ。
 スマホがけたたましく音を立てたのは、そんな冬休み直前の深夜だった。

『菜摘、すぐ来れる!?』

 電話に出るや否や由貴が叫んだ。今の今まで熟睡していた私も、緊迫した様子にただ事じゃないと察して目が覚めた。

「由貴、どうしたの?」
『さっき植木くんたちと偶然会って話してたんだけど、なんか変な人たちに絡まれちゃって……ねえ、菜摘来れない!? 由貴どうしていいかわかんない……っ』

 由貴は泣いているようだった。
 私が行ったところでどうにかできるわけじゃないとわかっていても、由貴を放っておけるはずがない。電話をしながら急いで外へ出る準備を始めた。

「場所どこ?」
『植木くんちの近くの公園に隠れてる。由貴たちだけ逃がしてくれて……』

 よかった、すぐに行ける。「わかった」と言いかけると、由貴が続けた。

『ごめんね、巻き込んで……でも、山岸くんが止まんないの! なんかもう、菜摘呼ばなきゃと思って……っ』
「え? 大ちゃんもいるの? 止まらないって……」

 また嫌な予感がした。あの冷たい目が、顔面蒼白になっている相手の首を絞め続けていた大ちゃんが脳裏をよぎった。

「すぐ行くから待ってて!」

 急いで家を出て、無我夢中で雪道を走り続けた。
 公園に着くと、どこかに隠れている由貴を見つけるより先に、十人ほどの男たちが目に入った。胸ぐらを掴んで殴って、蹴って。その中には植木くんや駿くん、前に植木くんの部屋で会った人たち、そして大ちゃんがいた。

「大ちゃん!」

 迷わず男の群れに飛び込み、ひとりを殴り続けている大ちゃんの腕にしがみついた。

「菜摘……? なんでいんの?」

 突然現れた私に、大ちゃんは目を見張って手を止めた。

「ねえ、なにやってんの!? 警察呼んだから!」

 私の力じゃ喧嘩を止めることは到底無理だと思い、とっさに嘘をついた。男たちは「まじかよ」と一目散に逃げていく。植木くんたちも私がいることに驚きながら、慌てて走り去っていった。
 公園に残ったのは、警察なんて来ないことを知っている私と、私に腕を掴まれている大ちゃんだけ。

「嘘ついちゃった。通報する余裕なんかなかったし」

 乾いた笑いをこぼした。全然可笑しくなんてないのに。
 どうしたらいいかわからなくて、笑わないと立っていられなかった。

「菜摘、なんで──」
「帰るね」

 なんでいるの、と続いただろう言葉を遮り、大ちゃんから手を離して歩き出した。
 自分から大ちゃんに背中を向けたのなんか初めてだった。
 だって、もうしないって約束したのに。嘘つき。

「菜摘、待てって!」

 公園の出入り口に差しかかった時、後ろから強く腕を引かれて足を止めた。
 どうして追いかけてくるの。
 ほっといてよ。嘘ついたくせに。約束破ったくせに。

「……菜摘、こっち向いてよ」

 振り向きたくない。顔なんて見たくない、見せたくない。