翌日、起きたのはお昼過ぎだった。帰る準備をして植木くんの家を出る。由貴と駿くんはひと足先に帰ったから(由貴が気を利かせてくれたのかもしれない)、途中まで大ちゃんとふたりきりだ。
 私は徒歩だから、大ちゃんも自転車を押しながら歩いてくれた。
 いつの間に降ったのか、うっすらと雪が積もっていた。

「菜摘、乗る?」
「ううん。今日は歩きたい気分」
「なんだそれ。昨日あんなに歩いたじゃん」

 少しでも長く一緒にいたいんだよ。
 ふたりで歩ける距離は二百メートル程度しかない。次の分かれ道に着いてしまえば、お互いの家は逆方向だ。たったの数分でも、ほんのわずかな時間も大切にしたい。次はいつ会えるかわからないのだから。

 大ちゃんの、ふいに見せる優しい笑顔が大好きで、笑ってほしくて、頭を撫でてほしくて、名前を呼んでほしくて、たくさん、たくさん喋った。精いっぱい、明るく振る舞った。

「おまえほんとよく喋るな」
「大ちゃんだってよく喋るよ」

 自分のことは、あまり話してくれないけれど。

「うるさいならもう黙る」
「褒めてるんだけど。全然飽きない」
「ほんとにそう思ってくれてる?」
「ほんとだよ。疑うなよ」

 だったら、ずっと一緒にいてよ。私のこと、好きになってよ。
 この願いは叶わないのかな。

 二百メートルなんてあっという間だ。大ちゃんが隣にいるから余計に短く感じる。
 まだ明るいし、私の家は近いし、今日は送ってもらわずにひとりで帰ることにした。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」

 優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
 この仕草がたまらなく好き。大ちゃんのおかげで、ずっとコンプレックスだった低い身長も好きになれた。

「うん。大ちゃんも気を付けてね」

 離れたくなくて、寂しくて、目頭が熱くなる。
 上を向いて必死に堪えた。意地でも強がりでもなく、ただ、大ちゃんに笑ってほしかった。大ちゃんといる時は、できるだけ笑い合っていたかった。大ちゃんの中の私は、いつも笑っていてほしかった。

「じゃあ、またね」

 大ちゃんの口癖。
 なんの意味も込めていないかもしれないけれど、言われるたびに笑顔になれる。〝また会えるよ〟と言ってくれている気がするから、そのたったひと言がたまらなく大好きだった。

「ねえ、大ちゃん」
「ん?」

 これからも会えるの?
 それとも今日だけ?
 今日が終わったら、また会えなくなるの?

「ううん、なんでもない。またね」

 また会いたいよ。ずっとずっと、会っていたいよ。
 離れたくない。離したくない。
 一緒にいたい。そばにいたい。
 隣にいたいよ。いさせてよ……。

 手を振り、遠くなっていく大ちゃんの背中を見送ってからひとり家路を歩いた。
 寒いな。手がかじかむ。
 大ちゃんが隣にいる時は、あんなに、あんなに、温かかったのに。