──ただのチャラ男だったってこと?
わからない。伊織の言う通りただのチャラ男なのだと割り切れてしまえば多少は楽になるかもしれないのに、どうしても、そういう人じゃないと信じたい自分がいる。そんなの、単なる私の願望でしかないのに。
今わかることは、この手を振り払うのが正解だということだけ。
だって、大ちゃんには……。
「彼女いるのに、他の女と手なんか繋いじゃっていいの?」
「散歩って手繋ぐもんじゃん」
繋いだ手を私に見せるように上げて、にっこりと微笑んだ。
そうなのか、手を繋ぐものなのか。
……いや、そんなわけがない。カップルならそうかもしれないけれど、私は彼女でもなんでもない。
「やっぱり大ちゃんはチャラ男だ」
「ちげえって。誰とでも繋ぐわけじゃないし」
なにそれ。どういう意味? 私は特別なの?──なんて自惚れでしかないこと、もう思いたくないのに。大ちゃんは、ずるい。
それでも私は、この手を振り払うことができない。
だって私は、結局嬉しかった。大ちゃんがなにを考えていようと、どんな意味だろうと、一緒にいられる〝今〟が、手を繋いでいる〝今〟が、ただただ幸せだった。
大ちゃんが好きで好きで、この手をどうしても離したくなかった。
「実はね、初めてなんだよね……」
「ん? なにが?」
「手……繋いだの……」
こういう暴露ってけっこう恥ずかしい。
「は? 嘘だろ? 彼氏いたのに?」
「ほんとです……」
大ちゃんが大げさに騒ぐから、血液が急上昇してもはや顔から血が噴き出そうだった。自分でもおかしいと思う。カップルがするようなことはひと通り経験があるのに、手を繋いだことがないなんて。
「あー……そっか。なんかごめんね」
大ちゃんの手の感触が消えていく。
とっさに右手にぎゅっと力を込めた。
「ううん、大丈夫」
迷うような素振りを見せた大ちゃんに「もう繋いじゃってるし」と言うと、「そっか」と言って微笑んだ。離れかけた手が元に戻る。
今度は指を絡めて、しっかりと握った。
大ちゃん、手が冷たい。
「俺も初めてだよ」
「なにが?」
「大ちゃんって呼ばれるの、初めて」
少し、ほんの少しだけれど、大ちゃんが照れているように見えた。
「ほんと?」
「うん。みんな普通に山岸か大輔って呼び捨てだもん」
どんなに小さなことでも、お互いの〝初めて〟を共有できたことが嬉しい。
「まあ、だからさ、これからも大ちゃんって呼んでね。山岸さんは禁止」
さっき山岸さんと呼んだことを気にしていたのだろうか。ただなんとなく呼んだだけなのに。
薄々気付いていたけれど、大ちゃんはちょっとツンデレ気味なところがある。
嫌だなあ、と思う。ツンデレなんか全然好きじゃないのに。
どうして大ちゃんだと、全部が可愛いと思えてしまうのだろう。
「……ふ」
「なに笑ってんだよ」
「ううん。わかった。もう山岸さんって呼ばない」
「素直でよろしい」
またこんな風に笑い合える日が来るとは思わなかった。
告白をした日から、何度も何度も最後に会った日のことを思い返していた。弱くて綺麗な、色のない瞳を見たあの時、なにか言うべきだったんじゃないか、と。いくら考えても、答えは見つからなかったのだけど。
今目の前で笑っている大ちゃんとあの日の大ちゃんは、まるで別人みたいだ。どっちが本当の大ちゃんなんだろう。いつも笑っているこの人の笑顔は、本当の笑顔なんだろうか。
ふと、そんなことを思った。