植木くんの部屋に入ると、大ちゃんが床にあぐらをかいたから、私もその隣に座った。
 ベッドは先に着いていた由貴と駿くんが占領しているし、植木くんの部屋ははっきり言って汚いから他に座る場所がない。おかげで自然と隣に座れたわけだから、床に散らばっている服やら漫画やらなんやらに感謝せねば。

 話したりゲームをしたり、ゲームに飽きたら映画を観たり、なんやかんやしながら楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「俺ちょっと寝るわ」

 夜が更けてきた頃、植木くんが床に寝転んだ。積んである漫画を枕に、散らばっている服を布団代わりにしている。まさかの活用方法に驚きつつ眠りに落ちていく姿を見届け、それからしばらくすると由貴と駿くんも「眠い」と言って寝てしまった。
 いつもなら私も眠くなる時間帯だけれど、隣に大ちゃんがいるのだから眠れるはずがない。

 突如訪れたふたりきりの時間に、思わずそわそわしてしまう。いろいろなもののやり場に困った私は、とりあえずお茶を飲むことにしてみた。
 キャップを開けて口に運ぼうとした時、横から大ちゃんの手が伸びてきて、私の手からペットボトルが離れていった。大ちゃんは私から強奪したお茶を二、三口飲んでから私の手に戻した。
 ちょっとやめてほしい。心臓が破裂してしまう。

「みんな寝ちゃったね」
「ね。私まだ眠くないなあ」
「俺も。じゃあ散歩でもする?」

 散歩? それってふたりで?
 そんなの行かないわけがない。

「うん! 行く!」

 さっそく立ち上がってアウターを羽織る。部屋から出ようとした時、なぜか大ちゃんは真顔で私の頭を撫でた。
 この身長差がちょっと嫌だ。なんか兄妹(きょうだい)みたい。

「行かないの?」
「なんかおまえ、すげえ素直だよね」
「可愛い?」
「は? 馬鹿か」

 馬鹿なんて言いながら、そんなに優しい顔して笑わないでほしい。
 みんなを起こさないよう、なるべく音を立てずにこっそり外に出た。十一月下旬の深夜は、まだ雪が積もっていないとはいえ空気がキンと冷えきっている。

「さみーっ!」
「そう? 私あんまり寒くないんだけど」
「は? おまえおかしいって」
「大ちゃん薄着だからじゃん」

 厚手のニットにコートにマフラーという完全武装の私に対して、大ちゃんはマフラーにパーカーのみだ。

「このパーカーの下、Tシャツ」
「馬鹿なの?」
「うるせえよ」

 軽口を叩き合って、ふたりで笑った。

「どこ行くの?」
「だから散歩」
「だから、どこ行くの?」
「適当にぶらぶら歩くのが散歩だろ」

 そうなのか。まあべつに目的地なんかなくても、大ちゃんと一緒にいられるなら、ただ歩いているだけで充分なのだけど。
 納得してついていくと、ふいに私の右手と大ちゃんの左手が触れた。たまたま当たっただけじゃないとわかったのは、手を握られた瞬間だった。驚いて顔を上げれば、私をひどく動揺させている張本人は涼しい顔で前を向いていた。

 この人はいったいなにを考えているのだろう。私のことを振ったくせに、彼女がいるくせに、どういうつもりでこんな──期待させるようなことをするのだろう。