数日後、由貴から誘われて植木くんの家へ遊びに行くことになった。
 あの日、植木くんとは結局ほとんど話さなかった。小・中と一緒だったわけだから、きっと今まで数えきれないほど顔を合わせてきたはずなのに、未だにほとんど初対面の感覚なのだ。そんな人の家に行くのは憚られたけれど、由貴の『気晴らししようよ』というひと言に後押しされて承諾した。

 毎日毎日大嫌いな勉強ばかりでかなりストレスも溜まっているし、……失恋の傷はまだ癒えていなくて、もやもやしてばかりだ。
 由貴も南高を受験すると決めて、最近は勉強をしていると聞いていた。私以上に勉強が苦手だから、きっとものすごく頑張っているのだろう。一日くらい全部忘れて、とにかく楽しむのもいいかもしれないと思った。

 すぐに由貴と合流して、白い息を吐きながら自転車をこぐ。
 大ちゃんと出会った頃とは比べ物にならないほど寒さが増していた。だけどあの頃もけっこう寒かったな、と考えているうちに、まだ出会って二か月しか経っていないのだと気付いた。

 二か月といっても今日までの一か月間は会えていないわけだから、大ちゃんと過ごせたのは一か月間だ。しかも、会ったのはたったの四回。なのに、もっとずっと前から知っていたような、ずっと前から好きだったような気がするのは、こんなにも好きになってしまったのは、どうしてだろう。

 植木くんの家は、私の家から自転車で五分程度の距離だった。さすが小・中と同じ学区だ。驚くほど近所。由貴に続いて植木くんの部屋に入ると、テレビの明かりしかついていない八畳ほどの暗い部屋に男の人が六人座っていた。

「おー、やっと来た」
「植木くん、久しぶりー」

 由貴と植木くんは私の想像以上に仲がいいらしく、さっそく会話を弾ませていた。
 隅っこに体育座りしてふたりを観察していると、突然私の隣に金髪の男の人が来た。

「ナツミちゃん、だよね?」

 一重の丸い目を細らせて、あぐらをかいた。
 どうして名前を知っているんだろう。私は自己紹介なんかしていないし、植木くんから事前に聞いていたのだろうか。

「あ……うん。菜摘です」
「そんな緊張しなくていいよ。俺、松井(まつい)駿(しゅん)ね。適当に呼んで!」

 気さくな人でよかった。それから駿くんは私も輪に入れるよう積極的に話を振ってくれた。おかげで緊張がほぐれていき、他の人たちとも打ち解けることができた。

「そういえば、みんな南高?」
「そうだよ」
「仲いいんだね。私こないだ体験入学行ったよ」

 言ってから、ふと思った。
 特に意識していなかったけれど、植木くんは大ちゃんと仲がいいわけで、その植木くんと仲がいい駿くんたちも大ちゃんと仲がいいのかもしれない。

「じゃあ大ちゃ……山岸さんとも仲いいの?」
「仲いいよ。俺らみんな同じクラスだし。今日は来なかったけど」
「ほんと!?」

 訊いてみてよかった。
 駿くんは小学校からの幼なじみで、おまけに部活まで一緒らしい。おかげで大ちゃんがバスケ部だという情報もゲットできた。私も元バスケ部だから、小さな共通点が嬉しい。

 チャンスだ、と思った。
 この一か月間ずっと〝彼女〟が引っかかっていて、どうしても誘えなかった。連絡をすることさえ控えていた。ふたりで会うことは叶わなくとも、みんなでなら遊んでくれるかもしれない。
 たとえ友達としてでもいい。また会える可能性があるなら、もうなんだっていい。
 大ちゃんに会いたい。

「じゃあみんなで遊びたい! 来週とか!」
「おーいいね! 山岸はいい奴だよ」

 駿くんはあっさり了承してくれて、大ちゃんのアポまで取ってくれた。一週間後に、私、由貴、大ちゃん、植木くん、駿くんの五人で、植木くんの家に集合することになった。

 植木くんや駿くんは大ちゃんの彼女と知り合いらしく、少しだけ話を聞いた。
 歳は大ちゃんと同じで、名前は〝マリエ〟さん。市内でトップクラスの偏差値を誇る進学校に通っているらしい。

 外見や性格までは聞かなかった。訊けなかった。
 同い年で、頭がいい。大ちゃんはそういう人がタイプだとわかったのだから、もう充分だった。そんなの私のことを好きになってもらえないのは当然だ。もしも外見や性格までパーフェクトだったら、この場で泣いてしまいそうだった。
 会ったことも、見たことすらもないマリエさんの姿を想像して、勝手に嫉妬した。