『え、なに?』
「あのね、急にこんなこと言ったらびっくりさせちゃうかもしれないんだけど」
『うん?』
「……私、大ちゃんのこと好きだよ」

 あんなにためらっていた言葉を、こうもあっさり言えるなんて。
 こんなことならもっと早く言えばよかった。どうしてもっと、もっと早く言わなかったんだろう。
 でも──ふたりにはまだ時間があると思っていたのに。

 大ちゃんからの返事がなかなか来ない。重い沈黙が苦しい。数分、いや、ほんの数秒だったかもしれない。それでも今の私には、とにかく長く感じた。

『──なんで』

 少しでも雑音があればかき消されてしまいそうなくらい小さな声だった。
 だけど、はっきりと聞こえた。
 なんで、って? どういう意味?

「大ちゃん?」
『ああ、ごめん。……ちょっと、びっくりしちゃって。菜摘が俺のこと好きなんて気付かなかったから……』

 私の気持ち、気付いてなかったんだ。けっこうサインは出していた……というより、きっと全然隠せていなかったのに。大ちゃんって鈍感なんだろうか。それとも、まったく相手にされていなかったのだろうか。

「一応返事ちょうだいよ。きっぱり振られたいじゃん」

 強がりだけは一人前だな、と我ながら思う。
 大ちゃんは、私のことをなんとも思っていなかった。私に好意が、なんて、私の巨大な勘違いでしかなかった。それを大ちゃんの口から聞かされたら、今以上に傷つくくせに。どうしようもなく怖いくせに。
 ──本当はまだ心のどこかで期待しているくせに。

『好きって言ってくれてありがと。……でも彼女いるから、ごめんね』

 予想通りの返事を告げられた。
 そう、予想通りだった。聞きたい言葉とは全然違う答え。
 心の奥底にあったかすかな期待も願い全部、一瞬にして消え去ってしまった。

「うん。わかったよ。私こそ急にごめんね」

 彼女がいなかったら、私がほしい言葉をくれたのだろうか。
 卑怯な大ちゃん。きっぱり振られたい、って言ったのに。

『ごめんね。じゃあ……またね』

 私たちには〝また〟があるのだろうか。

「うん。……またね」

 私はずるい人間だ。
 電話をかける時、確かに思っていた。今ならまだ間に合うんじゃないか、と。
 電話を切る直前に浮かんだのは、自分でも驚くほど見苦しい感情だった。
 ──彼女のこと、本当に好きなの?
 私は最低だ。本当は私に気持ちがあるんじゃないか、私が好きだと言えば彼女と別れてくれるんじゃないか、なんて。

「……振られちゃった」

 彼女ができる前に、思うがままにすべてを伝えていたら、なにかが変わったのだろうか。
 嘘だよって言ってほしい。彼女なんていないよ、菜摘が好きだよって──言ってほしかった。